“俺が、守りますよ”
そんな事を言われたのは、生まれて初めてだった。
免疫が無いから、一瞬真に受けてしまった。
でも、本当に守ってくれた…。
前を行く薬売りさんは、何故だか以前よりも頼もしく見える。
それは、私の心の変化のせいだろうか。
何となく、本当に何となく、意識してしまっている自分に気が付いた今日この頃。
だって仕方ない。
あれは…抱きしめられたって言っても可笑しくない状態だった。
状況が状況だけに、薬売りさんも、札の中に私を入れるために、やむなく私を引き寄せたわけだけど。
守りますよ、なんて言われたら…。
戸惑いと一緒に、嬉しさが沸いてきたのは事実。
私だって、一応女な訳だし?
「あれ…?」
考えに耽っていたら、薬売りさんを見失ってしまった。
この前、はぐれないようにと釘を刺されたばかりなのに。
とにかく、はぐれたと気付かれないうちに、薬売りさんを見つけないと。
―多分無駄だと思うけど…。
きょろきょろと辺りを見渡しても、それらしい人は見つからない。
目立つから“それらしい”なんて曖昧さは必要ないのだけど。
この辺は、近々大きな市が立つらしいから、人の数がいつもよりも多いという話を、さっき聞いたばかりだ。
「ちょっとそこの娘さん」
若い男の陽気な声がしたけど、気付かないふりをして通り過ぎる。
まだ一人で旅をしてたときに身に付いた反射行動。
何回呼びかけられても、無視していれば大抵が諦めてくれる。その代わり一言、二言吐き捨てられるけど。
「待ちなって」
後ろから肩を掴まれる。
行動が早いのよ。二回目で手を掛けてくる奴なんて見たことないわ。
引っ張られて無理矢理男の方を向かせられる。力では敵わないから、これは仕方が無い。
「何ですか」
これでもかっていうくらい迷惑がってる顔をしてやる。
「お、やっぱ俺の目に狂いはなかった! 偉い別嬪さんだな」
「用がないなら放して下さい」
「一人なんだろ? 俺に付き合ってくれよ」
見た目と中身はそう違わないことを、身を持って証明してくれているこの人に、私は笑顔を見せてやる。もちろん素直な笑顔なんかじゃない。
「お構いなく」
そう言って男の手を振り払って足早に去ろうとした。
「そう言わずにさ〜」
男はすぐに追いかけてきて、私の腕を掴んだ。
この手の男が簡単に引き下がらないことは知ってる。だからそれをどう乗り切るかが私の腕の見せ所。
思いっきり息を吸って、大声を出す準備をする。
これだけの人出があれば、大声を出すというのは結構な脅しになる。
「は」
「放してくれませんかね」
大声で跳ね付けようとした瞬間、静かな声が割って入ってきた。
この声は、大丈夫。知ってるから。
声がした方を見ると、やっぱり薬売りさんだった。
少しだけうんざりしたような顔をしていることには気付かないふりをする。
「な、何だよ、お前」
腕を掴む力が強くなる。
「俺の連れに、ちょっかいを出さないで頂きたく」
「は、何言ってんだ。この女は俺が先に目をつけたんだぜ。お前の連れって証拠はあるのかよ」
「証拠も何も、ねえ…」
艶やかに笑う薬売りさんを恐いと思ってしまった。
不穏な空気を感じ取ったのか、周りの人が足を止め始めた。
厄介なことにならないうちにけりをつけなくちゃ。
「く…」
“薬売りさん”と言おうとしたら、本人に凄く睨まれた。
これは、どうしろって意味?
声を出すなってこと?
考え込んでいると、間近の男が耳障りな声を出す。
「ほら、見ろ。お前のことなんか知らないって顔だぜ」
ゲラゲラと笑う様が不快以外の何者でもない。
薬売りさんは、男に対してなのか、私に対してなのか、怒っているように見える。
野次馬達が遠巻きにひそひそ何か話している。
「どうしました、」
やけに名前に力を感じた。
そういえば、呼び捨て…?
あ…
分かった、薬売りさんが何をしたいのか。
でも…
答えが見つからない。
何て返せばいいのか、分からない。
薬売りさんが私に求めている“答え”を、私には出せる自信がない。
「」
もう一度呼ばれて、腹を括った。
「お前様…!」
駆け出そうとしたけど、腕を振りほどけなくてガクンと前のめりになる。
「くっそ、人妻かぁ?」
でも、まぁそれも悪くないか、と小声で言う男を、本気で睨みつけてやる。そして腕を振り回して暴れてやる。
野次馬達がざわつく。
「」
避けなさい、と声がして思わず身を縮めると、私の横を何かが通り過ぎて行った。
「うわっ!」
コツン、と小気味いい音がして男の額に何かが当たった。
辺りがどよめく。
男が驚いて手を放した隙に薬売りさんに駆け寄る。
「…え…」
薬売りさんにお礼を言ってから後ろに隠れようとした私を、薬売りさんは何を思ったのか両腕で受け止めた。
「大事は、ありませんか」
「は、はい…」
えぇっと。
一気に混乱していく私を他所に、薬売りさんはそのままの体勢で男に言った。
「人のものに手を出すなど、いい趣味とは言えませんね」
冷ややかなその声色は、私に向けられていないと分かっていても背筋が凍るほどだった。
「けっ、好きにしやがれ、そんな女!!」
苦し紛れに吐き捨てて、男は額を押さえながら逃げていった。
一件落着とばかりに、野次馬たちは散っていく。やれやれ、と皆一様に呆れた顔をして。
「そんな女って…何よ」
声を掛けてきたのは向こうのクセに。
私が口を尖らせると、薬売りさんがふっと笑った―ような気がした。
「俺みたいな男の女、てぇ事ですよ」
「な、何を!! ていうか、いつまでこうしてる気ですか!!」
私は慌てて薬売りさんの手から逃れる。
薬売りさんはクツクツと、今度は本当に笑っている。
「またはぐれては、いけないと…」
う…っ。
これは、嫌味。完全に嫌味だ。
「もうはぐれませんから、絶対に!」
あぁ、もう、本当に幼子のようで恥ずかしい。
「まぁ、でも、今回ばかりは、俺も…」
「俺も? 何ですか?」
私の問いに答える気はないらしく、薬売りさんは手首にかけていた小さな巾着袋を取り出した。
その巾着袋には、懐紙に包まれた色とりどりの金平糖が入っていた。
「わぁ、綺麗ですね! …て…まさか」
私は振り返って、男が立っていた地面を見る。すると、小さな白い金平糖、の残骸。道行く人々に踏まれて粉々になっている。
可哀相に。
「非常手段、ですよ」
歩き出す薬売りさんの後を追う。
「それで、何が“俺も”なんですか?」
「以前にあれだけ言ったのだから、もうはぐれることはないと思い込んでいた俺の考えが、浅はかだった、てぇ事ですよ」
「…嫌味ですよね」
「しかし、これが目に止まってよかった」
薬売りさんが金平糖を示す。
「え?」
「貴女が好きそうだと思って、足を止めたんですがね」
そのときに私が居ないって気付いたんだ。
それまで気付かないのはどうかと思うけど、金平糖を見て私を思い出してくれたことは、ちょっとくすぐったい。
「嫌いですか」
振り向いた横顔が聞いて来る。
前髪に隠れて表情が読めない。
だから私は笑顔で答えてあげる。
「大好きです」
-END-
なんかちょっと恥ずかしい話だと
読み返してみて思いました…
2009/12/12