※長編とは関係ありません(多分)。こんな話も書いてみたくて。
「ただ今、戻りました」
「お帰りなさい」
戸を開けると、久しぶりに見る男の姿があった。
薬の行商を生業とし、その裏で退魔の剣を操る。
青い着物、大きな行李、高下駄。
見慣れた姿に愛おしさが込み上げる。
「長く、留守にしました」
「いいんです」
ふわりと微笑んで、家の中に通す。
「!?」
背後から伸びてきた腕が、しっかりと身体を捕らえた。
「薬売りさん…?」
「…」
苦しそうに自分の名を呼ばれて、も胸が締め付けられるような思いになる。
薬売りがここへ帰ってくるのは年に数回。
長いときは一年帰ってこないこともある。
「苦しいです」
「少しだけ、こうさせてください」
帰ってくるといつもこうだ。
どういう形であれ、暫くの間を抱きしめるのだ。
はそれを甘んじて受け入れる。
薬売りのその行動が、嬉しくて、一層愛おしい。
「お仕事はどうでしたか?」
「大方、上手く行きました」
「それは何よりです。…お怪我は?」
「ありません」
決まりごとのように毎回繰り返される会話。
「今回は長く居られるんですか?」
「その予定です」
その答えに、は満面の笑みを浮かべる。
が身じろぎをすると、薬売りの腕の力が弱まる。
は薬売りの方に向き直って、薬売りの胸に寄り添った。
二人がここに居を構えたのは、数年前のことだ。
が身籠ったと分かり、訪れた事のある町の中で、人も環境も良さそうな町を選びそこに住む事にした。
知り合いの医者である良月がそこに居た事も、そこを選んだ理由だったかもしれない。
もちろん薬売りは行商とモノノ怪退治で生計を立てている以上、それを変える事は出来なかった。
だから、はその家に残った。
けれど、それから少しして子は流れてしまった。
身籠った事に気付くのが遅く、旅をし続け、身体に負担をかけたのが原因だろうと良月は言った。
それからずっと、そこに住み続けている。
薬売りは、腕の力を弱める。
が顔を上げたところで、そっと唇を重ねた。
「いつも、一人にしてすみませんね」
「何言ってるんですか」
ここを住処と決めて数年経ったけれど、一緒に過ごしたのは本当に僅かな時間しかない。
けれど、ここが家だと思えるのは、やはりが居るからだろう。
待っていてくれる人が居る。
それだけで、満ち足りた気持ちになる。
もう一度を抱きしめて、このまま時が止まってしまえばいいと、薬売りは思った。
「では、行ってきます」
「お気をつけて」
少し寂しそうな笑みを浮かべて見送るを、薬売りはただ見つめていた。
その姿を目に焼き付けるかのように。
愛しいその姿を次に見られるのは、いつになるか。
そんなことは、自分の匙加減でいくらでも変えられるけれど、薬売りは敢えて楽な道を選ぼうとはしない。
それが自分であり、自分の生業であり、の望みでもあったから。
「いつも、貴女を想っていますよ」
「…そんな恥ずかしい科白、よく言えますね…」
照れ隠しのために寄せられた眉根。
薬売りは口角を上げて満足そうに笑った。
「次に帰ってきたとき、家族が増えていたら、嬉しいんですがね」
「な、何言ってるんですか!」
慌てるを他所に、薬売りは楽しそうだ。
「…そんなに、帰ってこないつもりですか…?」
不安そうに薬売りを見上げる。
もしそうなら、十月十日帰ってこないということになる。
「では、それが分かる頃までには…」
-END-
-抜粋-
見慣れたこの町もいつか 遠い懐かしいマイホームタウン
一人きり走り出す俺を見つめるお前の瞳切なくて
時を止めてキスをしたい その温もりの中で
セピア色に染まっていく二人の思い出は勇気に変えよう
重ねたいくつもの日々と 流したいくつもの涙と
全ては今日から始まる飾りを捨てて今プロローグ
時を止めて抱きしめたい もしも許されるならば
だけど心配しないで
そうさ いつもいつの日にも君だけを見ている
いつも夢見てた そのまま変わらないで
忘れないで一人じゃないずっと
零れた涙も僕らを変えはしない
忘れないで一人じゃないずっと
SOPHIAの始動が本格的に発表されました。
そのお祝いの連続更新第一弾です。
2011/2/20