短編〜雷雨〜







 遠くに聞こえていた雷が、この町にやって来たのはすぐの事だった。


 ゴロゴロと大人しく鳴っていたかと思うと、土砂降りの雨と地響きを伴って、今ではすぐ真上に来ている。
 一瞬の閃光の後、いくらも数えないうちに大きな音を立てる。
 それは人の恐怖心を煽って、怯えさせる。
 雨が降り出した頃には、通りには人一人いなくなっていた。
 皆、家に帰って家族や仲間とこの雷雨が通り過ぎるのまでの時間を過ごすのだろう。


 私はといえば、宿の部屋に一人。
 灯りもつけないで部屋の真ん中に座り込んで、窓の外を眺めている。



 頻繁に走る光の筋と直後に響く轟音に、心臓は凄い早さで脈打っている。







 雷は、嫌いだ。







 傍から見れば、興味深げに雷を眺める子供のようかもしれない。
 けれどその実、身も竦むほどに恐いのだ。



 ドォン、と大きな音がする度に、心臓が止まりそうになる。



 それでも尚眺めてしまうのは、その光が何処か綺麗だから、だろうか。



 一瞬光っては、消えてしまう。



 とても儚いもののように思う。












 ドォォンッ!!!


「ッ!!」


 直ぐ近いところに落ちたような音。
 地響きがいつまでも続いた。


 全身がビクリと反応した。


 妙な動悸に駆られる。






「何処かに、落ちたようで…」


「!!???」


 声も出ないくらい驚いて、障子の方を振り返れば薬売りさんが立っていた。
 本当に、心臓に悪い人だ。


「大丈夫、ですか」


 あまりの私の驚きように、薬売りさんも驚いているらしい。


「と、突然声がするんですもん…」
「そりゃあ、すみませんね」


 豪雨と雷鳴で周りの音が聞こえなかったんだと思う。
 薬売りさんはきっと、何か声を掛けるなりしたはず。


「灯りもつけずに、雷見物、ですか」
「…いえ」


 見ていたのは事実。
 だけど、楽しんでいた訳じゃない。


 綺麗だと思ったのは事実。
 だけど、恐くて動けなかった。


 恐いから、一人で居たくなかった。
 それも、事実。




 でも、そんな可愛いことは言えない。
 そんな、普通の町娘みたいな事は言えない。


 だって私は、モノノ怪と対峙する生活をしてる。
 明らかな意志を持って襲ってくるものと、あの雷は違う。




「薬売りさん、濡れてるじゃないですか」
「そりゃあ、そうですよ。この雨、ですから」


 暗がりの中手拭いを取り出して、薬売りさんに渡す。
 足は宿に上がるときに洗ったみたいだけれど、着物が随分と濡れてしまっている。


「今、火を貰ってきま」


 ドォォォンッ!!!


「―っ!!」







 さっきよりも長い間、地響きが続いた。










さん」


 やけに近くに、薬売りさんの声が聞こえた。


「大丈夫ですか」


 手に、少し湿った布の感触。
 鼻を擽る、雨の匂い。


「雷が、恐いんで?」


「そんなこと…っ」


 顔を上げたら、薬売りさんの顔があった。



 やってしまった。
 これじゃあ、“恐いです”と言っているようなものだ。


「少し…驚いただけです、すみません。…今、火を…」


 離れようとして、けれど腕を引っ張られた。


「いいじゃあないですか。恐くても」
「恐くなんて」
「強がらなくても、いいんですよ」
「強がってなんか」


 ドォォン! バリバリバリッ!!


「っ!!」











「ほぅら」


 不意に、背中に重みを感じた。


「恐いんじゃあ、ないですか」
「だから、驚いただけで…」
「身体は、正直、ですがね」


 あぁ、もう。
 全然ダメだ。

 薬売りさんの前では、誤魔化しなんて効かない。
 強がりなんて意味がない。





「一人にして、すみませんでした、ね」




「…本当です」



 そうしてすっぽり、薬売りさんの腕に収まった。


 安堵と、変な敗北感があったけれど、それはきっと雷が通り過ぎていくときに、一緒に持ち去ってくれるだろう。




















-END-








雷が酷かった日に書いたもの。

最初の雷がどうのってくだりが
何の役にも立ってませんね。

上手く纏ってなくて、すみません…

2010/6/20