「あの女の人、薬売りさんを見て、“違う”って言ってました」
「村の人も、そう聞いたらしい、ですよ」
翌日、太陽は真上。
じりじりと照りつける。
また、飽きもせず階段へと向かう。
「男の人ばかりって言ってましたよね」
「そう、ですね」
「探しているんでしょうか」
「探す…」
「由次さんを…」
待っている。
駆け落ちを約束した男を。
「では、約束の刻限は、丑の刻、でしょうかね」
「え?」
「村の人たちは、決まってその頃に。昨日、俺達も…」
「言われてみれば…」
待っている。
駆け落ちを約束した男を。
約束の刻限に。
約束の場所で。
階段下まで来て、ふと気付く。
昨日、エツが供えていった花。
それを哀しそうに見下ろす一人の娘。
軽装ではあるが、旅の者のようだ。
二人は顔を見合わせる。
どう見ても、紗和ではない。
普通の娘。
「あの…」
後ろから声を掛ける。
娘はびくりと肩を揺らす。
驚いた顔でこちらを振り返る。
「ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったんですけど」
「いえ、考え事をしていたもので」
を見ると、娘は頬を緩ませた。
「ここで何を?」
「この辺で、人が亡くなったと聞いて…」
打って変わって、思いつめた顔。
「もしかして、紗和さんのことですか?」
「どうしてそれを!?」
「昨日、お婆さんから…」
「私のせいで、二人は死んだんです!!」
言うなり、娘は泣き崩れた。
は、薬売りを振り返る。
薬売りは、僅かに頷く。
階段の一番下の段。
腰掛けるのはと娘。
その向かい。
行李を置いて、その脇に立つ薬売り。
「私は、蓮といいます。山向こうの町から来ました」
娘の声は、震えている。
「紗和さんに、謝ろうと思って」
「謝る…?」
「私、由次さんと祝言を上げることになっていました」
「…あ…」
『直前に縁談が舞い込んで。相手の家も大店でね』
「由次さんに、紗和さんという人が居る事も知らずに、一目惚れをしたんです」
父親にその話をした。
大店の家のこと。
相手の家も申し分ない。
見合い話は瞬く間に現実味を帯びていった。
そして、去年の夏。
由次が駆け落ちを決めていた日の前日。
その話は纏った。
「後から聞いた話では、由次さんのご両親は駆け落ちに勘付いていて、その頃は由次さんをどうにか外に出られないようにしていたらしいんです」
縁談の話も、願ってもないことだった。
由次を、家に縛るための。
運よく相手は大店の娘。
上手く纏れば由次の気持ちも変わるだろうと。
「私達の祝言は冬でしたが、それまでも由次さんはご両親の目を盗んでは、紗和さんに会うために何度も家を抜け出そうとしたらしいです」
例えば真夜中。
例えば早朝。
例えば出かけた先。
「見張りの目が厳しくて、悉く失敗したそうです」
「そこまで…」
由次は紗和を思っていた。
両親は反対だった。
「それで、何が、あったんで」
薬売りの問い。
蓮は顔を歪める。
「貴女は“二人は死んだ”と、言いましたよ」
「そうです。…私のせいで、紗和さんも由次さんも死んだんです」
「由次さんも…?」
「はい」
「どういう、ことで」
「祝言まであと十日という頃、由次さんは知ってしまったんです」
紗和が、死んだことを。
「そして後を追って、川に身を投げたんです」
「…そんな…っ」
「それほど、由次さんは紗和さんを好いていたということです」
最初から、自分の入り込む隙などありはしなかった。
否。
自分も、縁談など申し込まなかった。
紗和の存在を知っていれば。
「由次さんのご両親も、後になって反対した事を後悔していました」
そこまで想っていたのなら、何故分かってやれなかった。
命を絶つくらいの想いだったのなら…。
「だからせめて、約束の日に…」
胸に手を当てる蓮。
去年の祭りが開かれた日は、明日。
その日にここへ来たかった。
「それじゃあ、紗和さんは何時まで経っても由次さんに会えないってことですか?」
は、見上げる。
向かいに立つ薬売りを。
「そういうこと、ですかね」
「それって、どういうことですか」
「…紗和さんは、今でも由次さんを待っているんだと思います」
「え?」
「由次さんへの強い想いが、紗和さんをモノノ怪にしてしまったんです」
「モノノ怪…?」
「人の心が、為すもの、ですよ」
「そんな…」
薬売りは、行李の上の箱に手をかける。
は何故か、まだ剣は抜けないと思った。
紗和は、由次に会いたいのだから。
会えなければ、駄目なのだ。
「待ってください、薬売りさん」
「何ですか」
「私に、少し時間をください」
「何故」
「確かめたい事があるんです!」
そう言って、は立ち上がった。
そして階段を駆け上がっていく。
「…さん、何を…」
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2010/9/26