短編
〜桜川〜





 温かな日差しとは裏腹に、冷たい風が吹く。

 肩に掛けた襟巻きを首に巻きなおして、は空を見上げた。
 雲ひとつ無い、抜けるような空は、まだ冬であることを示している。

 小さな川沿いを、ゆっくりと歩く。
 足元から冷えてくるけれど、降り注ぐ日差しが心地よくて、戻ろうとは思わない。

 川の両側には、葉のない寂しげな木々が並んでいる。
 裸の木の枝の間からは、空が良く見える。

「…あ…」

 その枝を見て、の頬は綻んだ。



「どうか、したんで」


 足音が近付いてきたと思うと、そう声を掛けられた。
 独特の間を置いた話し方。
 低く、作ったような声を、冷たいという人も居る。
 けれど自分には、温もりをくれる一番の存在。





 声を掛けた娘は、振り返ると同時に明るい笑顔を見せた。
 薬売りの口元が微かに緩む。

「あれ、見てください」

 指さしたのは、枝ばかりが目立つ木だった。

「おや」

 その枝の先々に、小さな蕾がついている。
 まだ、色付きもしないその蕾。

「もうすぐ、春、ですか」
「春ですね」

 嬉しそうに笑うを、嬉しそうに眺める薬売り。

「春になったら、きっとこの川は桜の花でいっぱいになるんですね」
「そう、ですね」

 川沿いに延々と並んでいるのは、桜の木だ。
 満開になれば、それは見事なものだろう。
 青い空、緑の野、満開の桜。
 川面にはその全てが映りこむ。

「見れますか?」
「そんなに、ここにはいられませんよ」
「…分かってます」


 分かってはいても、やはり残念そうにする
 桜の木を見上げて、想像でもしているよう。


「何度目の春でしょう?」
「何度目、てぇのは」
「薬売りさんと迎える春です」

 はにかんだ笑み。

「何度目でも、いいですよ」
「どうでもいいってことですか?」
「そんなことは、言っていませんよ」


 日差しを受けて温かくなったの髪に、薬売りの手がそっと触れる。

 そうして密やかに囁いた。





 ―貴女と迎える春ならば。









 柔らかな光が、二人を包んだ。











 希望と幸福に満ちた春が、訪れますように。


















-END-










2011/3/27