強い日差しが降り注ぐ。
涼を求めて木々の立ち並ぶ神社の境内へと迷い込んだ。
町の中と比べると、幾分湿度も低く、纏わり着く着物が軽く感じられる。
朝晩はそれほどでもないが、昼間の残暑は厳しい。
広い境内に、二人だけ。
は辺りを見回して、手頃な場所を探す。
視線を巡らせると、鮮やかな紫が目に入った。
この熱い季節に、木の先の方に花をつけて、ゆらゆらと風に揺れている。
の足は、自然とそちらに向く。
薬売りは、それに黙って付いていく。
上手い具合に日陰に入って、日差しから逃れられた。
紫の花を付けた木に近付く。
見上げると、その花弁はヒラヒラと波打っている。
「綺麗な紫ですね」
「そう、ですね」
二人で見上げる。
「何ていう木でしょうか…」
「さるすべり、ですよ」
「さるすべり?」
「“百日紅”と、書くんですよ」
「へぇ、詳しいんですね、薬売りさん」
「一応は」
風に揺れて触れ合う葉が、涼やかな音を立てる。
「百日紅には、古い言い伝えがあるんですよ」
不意に、後ろから声を掛けられた。
二人で振り返る。
箒を持った神主が、二人に微笑みかけている。
痩せた中年の、人の良さそうな顔をしていが、額には汗が流れている。
「言い伝えですか?」
「ええ」
神主は二人の傍まで来ると、静かに話した。
「恋人と百日後に会うことを約束していた乙女がいました」
「その乙女は、約束の日の直前に亡くなってしまいます」
「その後に咲いたのが、この花だと言われているんですよ」
風が、大きく枝を揺らす。
「短い話ですが」
神主はそう言って、花を見上げる。
「…その恋人は、ちゃんと来たんでしょうか」
がポツリと呟いた。
「この花を見てくれたんでしょうか」
神主は黙って何度も頷く。
薬売りは、何処か慈しむような視線をに向ける。
「見てくれて、この花の美しさの中に、乙女の恋人への気持ちを感じてくれていたらいいですよね」
は、二人に哀しげな笑みを向ける。
「今まで沢山の人にこの話をしてきましたが、そんなことを仰ったのは、貴女が初めてです」
「そうですか?」
そう思いません? とは首を傾げる。
「人と死別するこの話を、縁起が悪いと言う人もいます。名前にしても、あまり良い名ではないですし」
「あ…そうですね」
は笑顔を消してしまう。
「愛する人への気持ちが込められた花には、違いないじゃあ、ないですか」
薬売りは、枝先の花を見ながら、そんなことを言った。
「薬売りさん…」
は驚いたように目を丸くする。
薬売りがそんな事を言うとは、思ってもいなかった。
少し、安堵する。
「おやおや、お邪魔だったかな」
神主は穏やかに微笑んで、軽く会釈をしてから去って行った。
「え、あの…?」
は意味が分からず、その後姿を目で追った。
「どうしたんでしょう、急に」
「…さぁて…」
首を傾げながら、はふと思う。
例えば、二人それぞれ違う用が出来る。
何日後、何十日後、何ヵ月後、何年後。
とにかく決まった日に再会することを約束する。
そして、その日を目前にして、もし自分が死んでしまったら…。
「私は、青い花を咲かせます」
小さく、本当に小さな声で呟いた。
風に揺れて触れ合う葉の音に、かき消されてしまうほどに。
貴方を想って、貴方の色の花を咲かせます。
貴方はちゃんと約束の日に来てくれますか。
そして、見つけてくれますか。
「綺麗な青に、してくださいよ」
小さく、本当に小さな声で呟いた。
風に揺れて触れ合う葉の音に、かき消されてしまうほどに。
貴女が花を咲かすなら。
貴女の色の花にしてくれませんか。
すぐに、見つけられるよう。
薬売りは横目でを見遣る。
は一心に花を見つめる。
見上げた枝の間から、太陽が容赦なく照り付けていた―。
-END-
結局何が書きたかったんでしょう。
多分、どっちも想いあってますよ的な。
最近百日紅が好きなので、ネタにしてみました。
ちょっといい感じの伝承があったんで、これは使わないと、と思って。
もうちょっと長い伝承が欲しかったですが…。
中国の伝説らしいです。
因みに、「人と死別する話だから縁起が悪い」というのは捏造しました。
今日作って、今日UPです。
2009/9/6