「往来の真ん中で、何をしとるか」
突然声をかけられて、二人は其方を見た。
薬売りは腕の力を緩めて、との間に僅かに距離を空ける。
はといえば、声の主を確認すると、慌てて薬売りから離れようとした。
薬売りの腕がそれを阻んだけれど、出来るだけの距離を取った。
「繻雫…」
細い路地から通りへと姿を現した狐は、ふん、と鼻を鳴らした。
「まったく、世話の焼ける…」
「…あんたの世話になった覚えは、ないんですがね」
薬売りは迷惑そうな顔でそう言い返した。
その言葉を受けて狐はもう一度鼻を鳴らした。
「お前がさっさとを押し倒しておれば、こんな面倒な事にはならんかったんじゃ」
「ちょっ…繻雫、何言って…!?」
は慌てて薬売りから離れた。
熱くなる頬を両手で覆って、俯いてしまった。
「ほぅ…」
なるほど、という声色で薬売りが口角を上げる。
狐はそれにピクリと反応する。
「冗談に決まっとろーが! 誰が可愛い娘をお前みたいな何処の馬の骨とも分からん奴に容易く差し出すかぁ!!」
逆毛を立てて、尻尾までピンと伸びている。
「こちらも、冗談、ですよ」
二人のやり取りを、はハラハラしながら聞いている。
「それにしても、娘、ですか…」
「そうじゃ、娘じゃ!」
「大層なものを、親に持ちましたね」
薬売りはすぐ隣のを見遣る。
は少しばかり恥ずかしそうに、首を横に振る。
「繻雫は、父さんや母さんと同じように、私を見守ってくれていたから」
そんなを見て、とこの狐の信頼は堅いものなのだと理解した。
ほんの数日前まではこの狐のことを若干の疑いを含んだ目で見ていたというのに。
「空孤…」
「繻雫と呼べ。それがワシの名じゃからの」
「では、繻雫」
「なんじゃ」
「さんは、連れて行きます」
「…分かっておる」
狐はゆっくりと二人に近付くと、その尻尾で順に二人の足に軽く触れた。
「言っておくがな、薬売り。が呼べばワシはいつでもの元へ行く事ができる」
「そう、ですか」
「が泣いてワシを呼んだら、すぐに連れ戻すぞ」
「そんなことには、なりませんよ」
ふっと薬売りが笑う。
それが癪だったのか、狐は今度は薬売りだけを尻尾で叩いた。
「…頼んだぞ」
静かな声と共に、真っ直ぐな瞳が向けられた。
「言われずとも」
その二人のやり取りを、は頬を染めて聞いていた。
-END-
2011/11/20