手向け













 ―ドォン。


 大きな破裂音を聞いて、薬売りとは音のした方を見た。


 空、高く。





「始まりましたか」





 足を止めて木々の上を見上げる。





「そうみたいですね」





 暗い空に色を付けていくのは、花火。

 は一瞬目を輝かせたが、すぐに表情を曇らせた。










 “この辺りじゃ、花火は鎮魂の為に上げるんだよ”









 土地の人が教えてくれた。

 この一年で亡くなった人の分だけ川に灯篭を流して、それが見えなくなったら花火を上げるのだと。

 そうやって供養をして、成仏を願う。

 そういう習慣だという。






 は、空に向けていた顔を俯けた。
 そうして胸の辺りで手を合わせる。

 薬売りはそれを横目で見て、ふ、と微かに笑んだ。
 それから同じように手を合わせた。



 その間も、花火は上がり続ける。
 目を閉じていても分かる花火の明るさ。
 耳に届く大きな音。


 こんな風に花火を感じた事はあっただろうか。





 手を解いて、もう一度空を見上げる。



「綺麗だけど、哀しい…ですね」



 呟いたが、薬売りの目にはとても儚く映った。
 薬売りは、無意識にの髪に手を伸ばしていた。



「今まで私達が対峙して来たモノノ怪たちも、こんなふうにちゃんと供養してもらえれば、もしかしたら…」

「そうかも、しれませんね」

 は、花火を見ながらこれまで出会ってきたモノノ怪たちを思い出した。
 否、モノノ怪となってしまった人。



 受け止めて来た沢山の想いが、心の中で交錯する。
 胸が締め付けられるような気がして、思わず手を当てていた。



「大切に仕舞ってばかりでは、貴女が、滅入ってしますよ」
「そんなことありません。これは、私が受け止めたものです。私がちゃんと」
「この花火になら、託してもいいと、思いますよ」
「…でも」
「鎮魂の花火、なんですから」

 そう言って、薬売りはの手に自分の手を重ねる。
 視線を薬売りに移して、は薬売りを見上げた。

 自分に降って来る眼差しに安堵して、は頷いた。


「…はい…」


 薬売りの肩に凭れると、もう一度花火に目を向けた。
 その一瞬の輝きを、焼き付けるかのように、見つめ続ける。
 薬売りは、そんなの肩をそっと抱き寄せた。
 それから、囁くように言った。



「人を傷つける事が出来るのは、人、ですがね」

「はい?」

「人を救う事が出来るのも、人、なんですよ」

「…はい」

「人を、想う事が出来るのも、ね」

「はい」










 ドォンと鳴り響いては、大輪の花が咲く。


 幾多の人の想いを乗せて。
















-END-









一応二周年記念作。
やっとです。

何かとてもシリアスでした。


初めは折角八月に二周年なんだから
「花火」をテーマに、と思って書いてたんですが
隅田川の花火大会には昔から鎮魂の意が込められていると聞いて
一から書き直しました。

今年は色々ありましたので。


2011/9/4