短編〜腕〜








 山の麓の庵に、二人の姿はあった。


 日暮れの早いこの季節、目的の町に着く前に日が沈み始めてしまった。
 野宿かと覚悟していただったが、薬売りが木々に隠れた庵を見つけた。

 庵主は二人を快く受け入れ、小さな離れを貸してくれた。
 穏やかなその人と薬売りは、薬の商談のために庵にいる。
 寒くなると、どうにも腰が痛んで仕方がないらしい。


 は一人、離れの縁側で景色を眺めていた。



 色づいた木々に囲まれた庵と離れ。
 縁側に座れば、遠くの山々が鮮やかに紅葉しているのが見える。

 見上げれば、赤く染まった空も、果てがなく高い。
 長く、走るような雲の行き先は、何処か。

 冬も、きっと近くまでやってきている。


「道理で冷えるわけだ」


 乾いた風が、独り言を攫っていく。
 肌寒さを覚えて、身体が小さく震える。

 何か羽織るものを、と部屋の中を振り返ると同時に、向こうの障子が開いた。
 通り道が出来たせいで、風が離れの中を吹き抜けていく。
 一枚の紅葉が、ひらりと舞い落ちた。


「お帰りなさい」

 戻ってきた薬売りを、笑顔で迎える。
 薬売りは一瞬目を細めることで、それに応える。
 それからゆっくりと、畳に落ちた紅葉の葉を拾う。

「すっかり秋、ですね」
「はい。少し冷えますよね。今、閉めます」

 は立ち上がると、縁側から部屋に入って障子を閉めようとする。

「そのまま…」
「え?」
「折角の景色、ですから」

 そう言って、薬売りはを通り過ぎて縁側に出る。
 もそれに倣って縁側に戻る。

「綺麗ですね」
「そう、ですね」
「でもやっぱり、少し寒いです」

 は困ったように笑った。

「こうすれば、暖かいですよ」

 薬売りは腕を伸ばして、背後からを包み込んだ。
 大きな袖の袂が、風を遮ってくれる。
 薬売りの体温が伝わってくる。

「本当ですね」

 クスリと微笑む。
 きっと薬売りも微笑んでいる。
 見えないけれど、そう思う。


 薬売りは不意に手を伸ばす。
 持ったままだった紅葉の葉を、風が吹き抜けると同時に手放した。

 風に乗って、ひらりと翻って、飛んでいく。


 その行く先を眺めていただったが、身体を包む力が強くなって意識を引き戻された。



 暖かい…



 瞳を閉じて、自分を包む腕に顔を埋めた。













-END-








このタイミングで何故か短編。
しかもちょっと中途半端。


すっかり寒くなりました…
関係ないけどハロウィン終っちゃいましたね。

2009/11/1