天気雨の夜



右近左近
〜幕引き〜





「そうか、姫様は、逝ってしまわれたか…」

 仕えていたうちの二人を失くし、種田は項垂れていた。

 耀介も出血が酷く、危険な状態だ。
 今後、殿山がどうなるのか、誰にも分からない。

 中庭の置石に座り込んで、何処を見るでもなく種田は呟いた。

「十四郎様の弔いをせねばな。が、きっと姫様の弔いは許されまい…」


 大きく身体を揺らしながら立ち上がると、種田は他の家臣たちに指示を始めた。


 薬売りとは、漸く動き出した屋敷内を、そっと抜け出した。





「種田様、相当参っていましたね」
「そりゃあ、密に心を寄せていた人が、いなくなったんですから、ね」
「え!???」
「気付かなかったんで」
「…はい…」
 にとっては寝耳に水。
 けれど、よくよく考えてみれば、思い当たる種田の行動はあった。
 藍の話をするときの顔。
 藍の身を案じる言動。
 種田が深月家の話をしたのも、藍を思ってのことだったのだろう。
「きっと、黒装束の姿で姫を連れ出したら、そのまま、逃がしてやるつもりだったんでしょう」
 だからこそ、藍を襲う役を引き受けた。

「それを知っていれば、姫様はもう少し違う生き方が出来たでしょうか?」

「さぁて…」

「でも、自分を想ってくれる人がいるって…」

 そこまで言って、は口を閉ざした。
 薬売りは、に視線をくれてやる。
 視線を逸らそうとするの輪郭に触れ、それを制する。

「いるって…?」
「いえ、その」

「言うまで、放しませんよ」
「だから」

 言葉通り、いつまでもそのままの体勢を取られて、は折れた。




「…幸せな事じゃないですか」


 口角を上げる薬売り。





「けれど、姫の幸せは、そこにはなかった、ってぇ事なんだと、思いますよ」

「…はい…」





 今にも泣き出しそうなの髪を、薬売りは梳いてやった。
























-END-






2012/3/18