「おや、また降って、来ましたね」






短編
〜遣らずの雨〜






 降り出した雨が、草木を弾いて軽快な音を立てる。
 緑は鮮やかに色づき、暗い雲の下に存在感を増した。

 雨は、降ったり止んだりを繰り返していた。
 降り始めると、大降りになったり小雨になったり、遠くでは雷様も音を立てているようだった。
 この天気の変わり様に町の人々は戸惑い、足を鈍らせる。
 それは、昨日この町にやってきた薬売りとも例外ではなかった。
 薬売りは商いに出ることを諦め、でさえも仕事を探しに出るのが少々億劫になっていた。

「いくら梅雨と言っても、こんなに気まぐれに天気が変わるのは止めて欲しいですね」

 肩を竦めながら、は茶を啜った。
 そうして、ほぅ、と一息ついた。

「でも、こうしてゆっくりするのもいいものです」

 湯呑を見つめながら、は微笑んだ。

 掃出しの窓の傍に立って外の様子を見ていた薬売りは、を振り返る。
 は、上目づかいに薬売りと目を合わせた。

「…昼間に、こうして宿で薬売りさんと過ごすことって、あまりないじゃないですか」
「俺も貴女も、外へ、出てしまいますからね」
「…雨が、気を利かせてくれたのかも…」

 の言葉に、薬売りは僅かに首を傾いだ。

 は、悪戯っぽく笑うだけで、何も答えない。

 もう一度首を傾いでから、薬売りは雨に視線を戻した。
 その背中に、は呟くように言った。


「…遣らずの雨、です」


 帰ろうとする人を引き留めるかのように降る雨。

 薬売りもも、帰ろうとしている訳ではない。
 けれど、外へ出ようとする足を引き止め、そこに留まらせようとする。


 たまにはこうして、一緒にいたい。


 は、声には出さず、ただ薬売りの背中を見つめた。

 何かを感じ取ったのか、薬売りは振り返る。
 すぐに目が合って、は少々驚いた顔をした。
 全てを了承したかのように口角を上げる薬売り。
 そのまま部屋の中に戻ると、の隣に腰を下ろした。

 そして、同じように茶を啜る。
 ほぅ、と息を吐いて窓の外に目を向ける。



 青々とした草木が、雨粒を受けて跳ねる。


 聞こえてくるのは、降りしきる雨の音。


 静かに、二人をそこへ留めていた。


















END






梅雨なので。

2015/6/28