あのモノノ怪を斬って、良かったのか…
薬売りは初めてそう思った。
の涙を見て、そんな考えが頭を過ぎった。
町に来て四日目の夜は、雨だった。
いつものように人知れずモノノ怪を斬った場所から抜け出して、二日目まで世話になっていた宿に向かった。
その途中、は途切れ途切れに自分の話をしだした。
「私、兄妹いないんです」
「周りに小さい子も居なかったから“お姉ちゃん”て呼ばれたことなくて、凄くうれしかったんです」
「それに、父も私が生まれて何年もしないうちに亡くなって、だから“お父さん”て良く分からなくて」
「でも、お父さんを思うマリちゃんを、とても愛おしく思いました」
薬売りはたまに相槌を打ちながら、の話を淡々と聞いた。
あのモノノ怪を斬って、良かったのか…
あの座敷童子は、今まで斬って来たモノノ怪とは違っていた。
彩に危害を加えていたのは事実だが、理性のようなものが感じられた。
ただ人を恨んでいただけではなかった。
そして、自ら斬られることを望んだ。
手に持った杯を、円を描くように揺らす。
「珍しいですね、お清めですか?」
見上げると、未だ目の腫れの引かないが立っていた。
「さんも、どうですか」
「じゃあ、一杯だけ」
薬売りが空の杯を差し出すと、は薬売りの斜に腰を下ろして受け取った。
注がれた酒を、一気に飲み干す。
喉が焼ける。
はそれを飲み下して、薬売りに視線を向ける。
「薬売りさん、ごめんなさい」
唐突な謝罪の言葉に、薬売りは戸惑いを覚える。
「何ですか、急に」
「私、斬らないで欲しいって思いました」
の視線が下を向く。
「他にも色々思ったし、斬った後にも色々言いました。でも…」
そこで言葉が途切れる。
薬売りは杯を弄ぶ。
「薬売りさんが斬ってくれて、良かったです」
盃を弄んでいた手が止まり、自然とに目が向く。
「薬売りさんが斬らなければ、マリちゃんはもっと凶悪化して手のつけられない状態になっていたかもしれないですよね」
そんなことにならなくて良かった。
そっと息を吐き出したのはどちらか。
「だから斬ってよかったんです。それでマリちゃんは救われたんです。やっとあの二人から、解放されたんです」
ね? と問いかける。
薬売りは僅かに驚いた顔をして、それからゆっくりと目を伏せた。
俺は、さんに救われたようだ…
「今日は沢山お世話になったので、いくらでもお酌します」
目を開けると、腫れぼったい目蓋でが笑いかけていた。
その笑顔が、嬉しい。
「俺の着物は、さぞ泣きやすいんでしょうね」
漸く、いつものような軽口が出てきた。
はそれに閉口したが、すぐに対抗する。
「泣き付かれたくなかったら、もっと触り心地の悪い着物に替えてください」
「そうしたら、貴女が困るんじゃ、ないですかね」
「どうして私が困るんですか」
「泣く場所が、なくなってしまいますよ」
「―っ!!」
勝ち誇ったように、薬売りは杯を口に持っていく。
は低く唸って、言い放った。
「安心してください。もう泣きませんから!!」
「おや、おや」
-END-
と、言うわけで座敷童子完結です。
いかがでしたでしょうか?
これを“今までで一番好きだ”と言った理由
分かっていただけたら幸いです。
2010/4/25