「何なの!?」
とゼスは慌てて店から飛び出した。
居住区に残っていた人々も、同じように外へ出てきている。
もう一度大きな爆発音がする。
見れば、スタジアムの方から煙が幾筋も上がっている。
「どういう事?」
「何が起こったんだ…!?」
困惑するその場の人々に、商業区から掛けてきた男が叫んだ。
「スタジアムに魔物が出た!」
「魔物!?」
「俺は自警団に召集をかけて回る!」
「分かった! 俺たちも向かう!」
男たち数人は一度家に入り、武器になるものを手に戻ってきた。
居住区の男たちの殆どが、ルカの自警団に属している。
も―は唯一の女だが―ゼスも自警団のメンバーだ。
武器を持って、スタジアムへ駆けた。
は、妙な胸騒ぎを覚えていた。
スタジアムに魔物が現れるなど、聞いたことがない。
魔物が侵入してくれば、何処かで誰かが気付くはず。
ルカにはそこかしこに警備兵が置かれ、討伐隊だけでなく、町の人々による自警団もある。
そのお陰で、これまで無事にブリッツボールが出来たのだ。
この世界の人たちの唯一の娯楽。
その楽しみが壊されないよう、必死に守ってきたのだ。
それなのに。
「どうして…?」
は逃げ惑う人々に逆らってスタジアムを目指した。
見知った顔と何回かすれ違って、安堵する。
階段を駆け上がっていくと、徐々にスフィアプールが見えてきた。
客席は、混乱していた。
宙を駆けまわる魔物に、客席で暴れる魔物。
異常なまでに数が多い。
逃げ惑う観客も、避難誘導や救護をする警備兵たちも、皆叫んでいるのに、誰の声も耳に入ってはいない。
とにかく、もゼスも、二人の下へ駆けてくる客を外へ誘導し、襲い掛かってくる魔物を倒していくしかなかった。
「! あそこで魔物とやりあってる奴らが!」
ゼスの指さす方を見れば、三人の男が次々と魔物を倒していっている。
魔物を確実に仕留めていくところを見れば、自分たちより格段に場慣れしていると分かる。
「あの人たちと合流しよう!」
得策とは思わなかったが、ゼスが走り出してしまったので、もそちらへと向かった。
けれど、もう少しと言うところで魔物に行く手を阻まれてしまった。
大きな怪鳥が、こちらを狙っている。
あの鉤爪を受けたら、ひとたまりもないだろう。
の使う細身のレイピアでは、受け止められない。
かといって、ゼスの剣でも無理だろう。
得物は素人誂えだし、何より臂力がない。
は、精神を集中して、呪文の詠唱に入ろうとした。
ザンッ!!
重く切れの良い音がしたかと思うと、怪鳥は地面に墜落していた。
耳障りな悲鳴を上げながらのた打ち回り、やがて身体からきらきらと幻光虫が湧き出た。
あまり、見たくない。
頭の隅で、はそう思った。
怪鳥から視線を逸らし、その向こうにいる人物に目を向けた。
あの鋭い剣捌き。只者ではない。
幻光虫が飛び去って、漸くその人物を見ることが出来た。
「アーロン…」
は、目を見開いた。
さっきとは、比べものにならないほど、大きく。
がっしりとした体躯に、赤く裾の長い服を纏う。
その中には、黒い胸当て。
肩には、人の身長ほどある大剣を担いでいる。
少し皺が増え、髪も一部白んではいる。
けれど、それは紛れもなくの知っている男だった。
男は、サングラス越しに真っ直ぐを見ていた。
「久しいな。…だが、話は後だ。ついて来い」
低いよく通る声でそう言うと、男は踵を返して走っていった。
その先には、黄色い衣服の男が二人。
とゼスは後を追い、男たちと合流した。
次々と襲い掛かる魔物を、一匹ずつ倒していく。
訓練を受けたことのあるでも、本格的な魔物との戦いは久しぶりで、息が上がってくる。
大変なのはゼスの方で、既にひぃひぃ言っている。
それでも男たちのお陰で、何とか耐えているという状態だ。
いつまでこの状況が続くのか。
何か解決の糸口を見つけなければと、皆が考え初めていた時だった。
男が一人、貴賓席に姿を現した。
「あれは、シーモア老師!?」
黄色いうちの一人、トサカのような前髪に青ターバンの男が言った。
シーモアと言う男は、この状況に動揺など微塵も見せずに、悠然と祈りを捧げた。
瞬間、辺りの空気が殺気立つ。
そうして、魔法陣の中から禍々しい姿の獣が現れた。
包帯をぐるぐる巻きにしたような出で立ち。むき出しの鋭い牙。
シーモアが呼び出した、召喚獣。
その獣はゆっくりとした動作で、魔物の動きを視線で捉える。
するとすぐに、目から何かを放った。
放った時の反動で、弾かれたように獣の頭が後方へ仰け反る。
視線を浴びた魔物は、一瞬で消滅し、光が宙に上っていく。
それが幾度も繰り返された。
圧倒的な力だった。
人一人の力と、強大な召喚獣の力。
比べものにならない。
シーモアの召喚獣は、瞬く間に魔物を殲滅し、事件は収束した。
よく晴れた空に、いくつもの幻光虫が上っていく。
は、それを少しだけ見つめていた。
to be continued.
2015/5/31