#2




「何なの!?」

 とゼスは慌てて店から飛び出した。
 居住区に残っていた人々も、同じように外へ出てきている。

 もう一度大きな爆発音がする。
 見れば、スタジアムの方から煙が幾筋も上がっている。

「どういう事?」
「何が起こったんだ…!?」

 困惑するその場の人々に、商業区から掛けてきた男が叫んだ。

「スタジアムに魔物が出た!」
「魔物!?」

「俺は自警団に召集をかけて回る!」
「分かった! 俺たちも向かう!」

 男たち数人は一度家に入り、武器になるものを手に戻ってきた。
 居住区の男たちの殆どが、ルカの自警団に属している。
 も―は唯一の女だが―ゼスも自警団のメンバーだ。
 武器を持って、スタジアムへ駆けた。




 は、妙な胸騒ぎを覚えていた。
 スタジアムに魔物が現れるなど、聞いたことがない。
 魔物が侵入してくれば、何処かで誰かが気付くはず。
 ルカにはそこかしこに警備兵が置かれ、討伐隊だけでなく、町の人々による自警団もある。
 そのお陰で、これまで無事にブリッツボールが出来たのだ。

 この世界の人たちの唯一の娯楽。
 その楽しみが壊されないよう、必死に守ってきたのだ。

 それなのに。

「どうして…?」

 は逃げ惑う人々に逆らってスタジアムを目指した。
 見知った顔と何回かすれ違って、安堵する。
 階段を駆け上がっていくと、徐々にスフィアプールが見えてきた。

 客席は、混乱していた。
 宙を駆けまわる魔物に、客席で暴れる魔物。
 異常なまでに数が多い。
 逃げ惑う観客も、避難誘導や救護をする警備兵たちも、皆叫んでいるのに、誰の声も耳に入ってはいない。

 とにかく、もゼスも、二人の下へ駆けてくる客を外へ誘導し、襲い掛かってくる魔物を倒していくしかなかった。

! あそこで魔物とやりあってる奴らが!」

 ゼスの指さす方を見れば、三人の男が次々と魔物を倒していっている。
 魔物を確実に仕留めていくところを見れば、自分たちより格段に場慣れしていると分かる。

「あの人たちと合流しよう!」

 得策とは思わなかったが、ゼスが走り出してしまったので、もそちらへと向かった。
 けれど、もう少しと言うところで魔物に行く手を阻まれてしまった。
 大きな怪鳥が、こちらを狙っている。
 あの鉤爪を受けたら、ひとたまりもないだろう。
 の使う細身のレイピアでは、受け止められない。
 かといって、ゼスの剣でも無理だろう。
 得物は素人誂えだし、何より臂力がない。

 は、精神を集中して、呪文の詠唱に入ろうとした。

 ザンッ!!

 重く切れの良い音がしたかと思うと、怪鳥は地面に墜落していた。
 耳障りな悲鳴を上げながらのた打ち回り、やがて身体からきらきらと幻光虫が湧き出た。

 あまり、見たくない。
 頭の隅で、はそう思った。

 怪鳥から視線を逸らし、その向こうにいる人物に目を向けた。
 あの鋭い剣捌き。只者ではない。

 幻光虫が飛び去って、漸くその人物を見ることが出来た。




「アーロン…」




 は、目を見開いた。
 さっきとは、比べものにならないほど、大きく。


 がっしりとした体躯に、赤く裾の長い服を纏う。
 その中には、黒い胸当て。
 肩には、人の身長ほどある大剣を担いでいる。
 少し皺が増え、髪も一部白んではいる。
 けれど、それは紛れもなくの知っている男だった。

 男は、サングラス越しに真っ直ぐを見ていた。


「久しいな。…だが、話は後だ。ついて来い」

 低いよく通る声でそう言うと、男は踵を返して走っていった。
 その先には、黄色い衣服の男が二人。

 とゼスは後を追い、男たちと合流した。

 次々と襲い掛かる魔物を、一匹ずつ倒していく。
 訓練を受けたことのあるでも、本格的な魔物との戦いは久しぶりで、息が上がってくる。
 大変なのはゼスの方で、既にひぃひぃ言っている。
 それでも男たちのお陰で、何とか耐えているという状態だ。

 いつまでこの状況が続くのか。
 何か解決の糸口を見つけなければと、皆が考え初めていた時だった。


 男が一人、貴賓席に姿を現した。

「あれは、シーモア老師!?」

 黄色いうちの一人、トサカのような前髪に青ターバンの男が言った。

 シーモアと言う男は、この状況に動揺など微塵も見せずに、悠然と祈りを捧げた。

 瞬間、辺りの空気が殺気立つ。
 そうして、魔法陣の中から禍々しい姿の獣が現れた。
 包帯をぐるぐる巻きにしたような出で立ち。むき出しの鋭い牙。
 シーモアが呼び出した、召喚獣。

 その獣はゆっくりとした動作で、魔物の動きを視線で捉える。
 するとすぐに、目から何かを放った。
 放った時の反動で、弾かれたように獣の頭が後方へ仰け反る。
 視線を浴びた魔物は、一瞬で消滅し、光が宙に上っていく。
 それが幾度も繰り返された。

 圧倒的な力だった。

 人一人の力と、強大な召喚獣の力。
 比べものにならない。

 シーモアの召喚獣は、瞬く間に魔物を殲滅し、事件は収束した。




 よく晴れた空に、いくつもの幻光虫が上っていく。
 は、それを少しだけ見つめていた。













to be continued.




2015/5/31