被害状況の確認や原因究明などの事後処理は、寺院や討伐隊が行うこととなった。
ルカの自警団は主に怪我人の救護をしている。
とゼスは、それを他のメンバーに任せ、成行きで男たちと行動していた。
今は、スタジアムの選手控室に向かっている。
もともと黄色い二人はブリッツボールの大会に出場していたらしい。
決勝戦が終わった直後に魔物が現れたせいで、表彰式や閉会式はうやむやになっているのだが―。
チームのメンバーや関係者が避難した先が控室だ。
は、自分の前を歩く赤い背中を眺めていた。
昔と変わらず、大きな背中だ。
淀みなく歩く、歩調も、歩幅も、何も変わっていない。
さっき僅かに聞いた声は、少しだけ渋みを増していた。
は、誰にも気付かれないよう、小さく嘆息した。
「みんな無事か!?」
トサカの男がそう叫びながら控室のドアを開けた。
同時に、中からワッと声が上がって、彼を迎えた。
続いて、もう一人の黄色い男―こちらは金髪で、トサカよりも随分若い―が迎えられる。
無事を喜んでいるのか何なのか、とんでもない騒ぎだ。
叫んだりハイタッチを繰り返したり、とにかく随分な喜び様だ。
「アーロンさん!」
その騒ぎの中、高い声が聞こえてきた。
一瞬でその騒ぎは収まって、トサカの男がしまった、という顔をした。
「そうだ、騒ぎの時に会ったんだ。な!」
トサカの男は金髪少年に同意を求める。
「ん…あぁ」
金髪少年は、さっきの喜びようとは打って変わって、明らかに面白くない顔をした。
「入ってもいいのか」
「も、もちろんです」
控室の中で人が移動したのだろう、漸く中に入ることが出来た。
とはいえ、とゼスは明らかに部外者なのだが。
「アーロンさん、お久しぶりです」
赤い服の男―アーロンの前に進み出たのは、まだ幼さの残る少女だった。
黒い艶のある髪はサラリと揺れ、長い袂と、藍の袴も同様に揺れた。
驚いたような、嬉しいような、そんな顔をしている。
「あぁ、立派になったな」
「いえ、まだまだです…」
今度は恥ずかしそうに答える。
は、その少女に引っかかるものを感じた。
既視感のようなもの。
けれど、思い出せない。
大会で優勝したことに加え、伝説のガードの登場で、控室はまたも盛り上がった。
と二人でほぼ空気になっているゼスも、に目配せをしてきた。
口の動きだけで、凄いな!! と目を輝かせている。
それに曖昧な返事をして、は盛り上がる人々へ視線を戻した。
すると、髪を高く結い上げた黒ドレスの妖艶な女が、こちらを探るような目で見ていることに気付いた。
絶対に怪しんでいる。
その視線を辿ったのか、少女の視線がとゼスに注がれた。
少女と目が合ったその瞬間、は思い出した。
オッドアイ。
とても綺麗な、青と、緑の瞳。
ユウナ…。
は、声には出さずに、心の中でだけ少女の名を呼んだ。
それと同時に、胸の奥底に眠っていたものが、目を覚ました。
様々なことが呼び起される。
胸の中で広がっていっぱいになる。
昔の記憶や思いが甦ってきて、全身に力が入る。
そんなの様子に気付くことなく、少女は声をかけてきた。
「姉さま…? 姉さま!?」
アーロンと会った時と同じように目を丸くして、少女はに駆け寄ってきた。
の手を取ろうとして、躊躇する。
無反応のに、人違いかと思ったようだ。
「姉さま、ですよね…?」
二色の瞳が揺れる。
は、全身の力を抜くために一度深く息をした。
「久しぶりね、ユウナ。大きくなって、見違えた」
小さく微笑んで、は答える。
それからユウナはの手を取って、ぎゅっと握りしめた。
「よく分かったわね。十年も経ってるのに」
「分かります。姉さまだもの」
ユウナと再会を喜び合いながらも、はその場の空気が、やけに刺々しく重い空気になっていることに気が付いた。
この子は皆に可愛がられているのだ。
は、妙に納得し、そして嬉しかった。
「ゆ、ユウナ。その人は?」
黒ドレスの女に促されるようにして、トサカの男が声をかけた。
他の面々も、を不審な目で見ている。
「あ…あの、ね。ベベルにいた頃、よく遊んでもらった人で、さんっていうの」
その視線に何か感じ取ったのか、ユウナは少し怯えている。
「そう、ベベルにいた頃の…」
複雑そうな、けれど何処か安堵したような表情で、黒ドレスの女が言った。
「父さんやジェクトさん、それにアーロンさんとも知り合いですよね」
ユウナはアーロンに同意を求める。
アーロンは視線だけ向け、無言で肯定した。
「ユウナ、どうしてルカに…?」
は、聞いてはいけない気がした。
けれど、聞かずにはいられなかった。
アーロンが今、ここに姿を現した。
その理由は、この少女にあると、確信していた。
「私、召喚士になったんです!」
嬉しそうに答える少女。
は、胸が引き裂かれる思いだった。
「そう、召喚士に…。ブラスカ様と同じ道を」
必死に笑顔を作って、ユウナを抱きしめた。
「月並みなことしか言えないけど、頑張って。応援してる」
「うん。…ありがとう」
それからそこで、一通り話をした。
トサカの男はワッカと言い、ビサイド・オーラカの選手兼コーチ。だったが、先程の大会を最後に引退したのだという。更にユウナのガードも兼任している。因みに、大会で優勝したのは、このワッカ率いるビサイド・オーラカだったらしい。
金髪の少年はティーダ。話によると、シンの毒気にやられ、殆どの事が分からなくなっていて、けれどブリッツボールの腕を買われて、ワッカにチームに誘われたらしい。
黒ドレスの女はルールー。黒魔道士で、やはりユウナのガード。ワッカと共に、ユウナを妹のように可愛がっているようだ。
もう一人、ユウナのガードをしているのがキマリ。ロンゾ族の青年だった。
には、キマリに見覚えがあった。ベベルから、ユウナを連れ出した張本人だ。
話したことはなかったが、会ったことはある。
久しぶりね。
はキマリに話しかけたが、キマリは視線をくれただけで、言葉はなかった。
あの時も、何も言わなかった。
何も言わずに、の前からユウナを連れ去った。
そのうち、大会運営からの指示があり、控室を出された。
それで皆、それぞれの宿へと解散したのだった。
to be continued.
2016/4/17