#3






 被害状況の確認や原因究明などの事後処理は、寺院や討伐隊が行うこととなった。
 ルカの自警団は主に怪我人の救護をしている。
 とゼスは、それを他のメンバーに任せ、成行きで男たちと行動していた。

 今は、スタジアムの選手控室に向かっている。
 もともと黄色い二人はブリッツボールの大会に出場していたらしい。
 決勝戦が終わった直後に魔物が現れたせいで、表彰式や閉会式はうやむやになっているのだが―。
 チームのメンバーや関係者が避難した先が控室だ。

 は、自分の前を歩く赤い背中を眺めていた。
 昔と変わらず、大きな背中だ。
 淀みなく歩く、歩調も、歩幅も、何も変わっていない。
 さっき僅かに聞いた声は、少しだけ渋みを増していた。
 は、誰にも気付かれないよう、小さく嘆息した。


「みんな無事か!?」

 トサカの男がそう叫びながら控室のドアを開けた。
 同時に、中からワッと声が上がって、彼を迎えた。
 続いて、もう一人の黄色い男―こちらは金髪で、トサカよりも随分若い―が迎えられる。
 無事を喜んでいるのか何なのか、とんでもない騒ぎだ。
 叫んだりハイタッチを繰り返したり、とにかく随分な喜び様だ。

「アーロンさん!」

 その騒ぎの中、高い声が聞こえてきた。
 一瞬でその騒ぎは収まって、トサカの男がしまった、という顔をした。

「そうだ、騒ぎの時に会ったんだ。な!」

 トサカの男は金髪少年に同意を求める。

「ん…あぁ」

 金髪少年は、さっきの喜びようとは打って変わって、明らかに面白くない顔をした。

「入ってもいいのか」
「も、もちろんです」

 控室の中で人が移動したのだろう、漸く中に入ることが出来た。
 とはいえ、とゼスは明らかに部外者なのだが。

「アーロンさん、お久しぶりです」

 赤い服の男―アーロンの前に進み出たのは、まだ幼さの残る少女だった。
 黒い艶のある髪はサラリと揺れ、長い袂と、藍の袴も同様に揺れた。
 驚いたような、嬉しいような、そんな顔をしている。

「あぁ、立派になったな」
「いえ、まだまだです…」

 今度は恥ずかしそうに答える。
 は、その少女に引っかかるものを感じた。
 既視感のようなもの。
 けれど、思い出せない。
 大会で優勝したことに加え、伝説のガードの登場で、控室はまたも盛り上がった。

 と二人でほぼ空気になっているゼスも、に目配せをしてきた。
 口の動きだけで、凄いな!! と目を輝かせている。
 それに曖昧な返事をして、は盛り上がる人々へ視線を戻した。
 すると、髪を高く結い上げた黒ドレスの妖艶な女が、こちらを探るような目で見ていることに気付いた。
 絶対に怪しんでいる。
 その視線を辿ったのか、少女の視線がとゼスに注がれた。
 少女と目が合ったその瞬間、は思い出した。
 オッドアイ。
 とても綺麗な、青と、緑の瞳。

 ユウナ…。

 は、声には出さずに、心の中でだけ少女の名を呼んだ。

 それと同時に、胸の奥底に眠っていたものが、目を覚ました。
 様々なことが呼び起される。
 胸の中で広がっていっぱいになる。
 昔の記憶や思いが甦ってきて、全身に力が入る。

 そんなの様子に気付くことなく、少女は声をかけてきた。

「姉さま…? 姉さま!?」

 アーロンと会った時と同じように目を丸くして、少女はに駆け寄ってきた。
 の手を取ろうとして、躊躇する。
 無反応のに、人違いかと思ったようだ。

姉さま、ですよね…?」

 二色の瞳が揺れる。
 は、全身の力を抜くために一度深く息をした。

「久しぶりね、ユウナ。大きくなって、見違えた」

 小さく微笑んで、は答える。
 それからユウナはの手を取って、ぎゅっと握りしめた。

「よく分かったわね。十年も経ってるのに」
「分かります。姉さまだもの」

 ユウナと再会を喜び合いながらも、はその場の空気が、やけに刺々しく重い空気になっていることに気が付いた。
 この子は皆に可愛がられているのだ。
 は、妙に納得し、そして嬉しかった。

「ゆ、ユウナ。その人は?」

 黒ドレスの女に促されるようにして、トサカの男が声をかけた。
 他の面々も、を不審な目で見ている。

「あ…あの、ね。ベベルにいた頃、よく遊んでもらった人で、さんっていうの」

 その視線に何か感じ取ったのか、ユウナは少し怯えている。

「そう、ベベルにいた頃の…」

 複雑そうな、けれど何処か安堵したような表情で、黒ドレスの女が言った。

「父さんやジェクトさん、それにアーロンさんとも知り合いですよね」

 ユウナはアーロンに同意を求める。
 アーロンは視線だけ向け、無言で肯定した。

「ユウナ、どうしてルカに…?」

 は、聞いてはいけない気がした。
 けれど、聞かずにはいられなかった。
 アーロンが今、ここに姿を現した。
 その理由は、この少女にあると、確信していた。


「私、召喚士になったんです!」


 嬉しそうに答える少女。
 は、胸が引き裂かれる思いだった。

「そう、召喚士に…。ブラスカ様と同じ道を」

 必死に笑顔を作って、ユウナを抱きしめた。

「月並みなことしか言えないけど、頑張って。応援してる」

「うん。…ありがとう」





 それからそこで、一通り話をした。
 トサカの男はワッカと言い、ビサイド・オーラカの選手兼コーチ。だったが、先程の大会を最後に引退したのだという。更にユウナのガードも兼任している。因みに、大会で優勝したのは、このワッカ率いるビサイド・オーラカだったらしい。
 金髪の少年はティーダ。話によると、シンの毒気にやられ、殆どの事が分からなくなっていて、けれどブリッツボールの腕を買われて、ワッカにチームに誘われたらしい。
 黒ドレスの女はルールー。黒魔道士で、やはりユウナのガード。ワッカと共に、ユウナを妹のように可愛がっているようだ。
 もう一人、ユウナのガードをしているのがキマリ。ロンゾ族の青年だった。
 には、キマリに見覚えがあった。ベベルから、ユウナを連れ出した張本人だ。
 話したことはなかったが、会ったことはある。
 久しぶりね。
 はキマリに話しかけたが、キマリは視線をくれただけで、言葉はなかった。
 あの時も、何も言わなかった。
 何も言わずに、の前からユウナを連れ去った。


 そのうち、大会運営からの指示があり、控室を出された。
 それで皆、それぞれの宿へと解散したのだった。
















to be continued.








2016/4/17