天気雨の夜

青鷺火〜大詰め〜








 暗闇から真っ白な世界に転換して、は目が眩んだ。
 思わず目を袖で覆う。
 けれど、その直前、視界の端で金色の人を捕らえた。
 薬売りと背中合わせに、突然現れた金の人。
 モノノ怪を斬った張本人。
 はそのまま見ていたかったが、あまりの眩しさに目を瞑った。









 薬売りの顔の隈取、着物の袖の模様が消え、代わりに男の腕や顔に金で模様が走っていく。
  更に、薬売りの着物の背にある目のような模様が消え、薬売り自体も姿を消した。
  すると男の身体にも模様が走り、浮いていた剣を手に取ると、それまで閉じていた目を見開いた。
  本来白いはずの白目は、黒。
  瞳は金。


  男は剣を抜く。
  刀身は炎のように赤く噴出し、本来の何倍もの長さになっている。


 剣を構えた男は、急降下していく鷺に向っていった。
 整列した金の札の結界が正座したままの役者たちの頭上で、鷺の急降下と、青い炎を防ぐ。
 跳ね返った鷺は炎を巻き上げて執拗に一座のものたちを狙った。
 しかし金の男はそれを防いでいく。




「お前は、鳥になりたかった訳では、ないだろう…!」




 男の声に、鷺は狼狽えるように動きを鈍らせた。
 その隙を突いて、男が斬りかかった。






 役者になりたかった…






 お芝居に出たかった…






 だけど…









 目を開けたが見たのは、金の男が鳥を斬ったところだった。
 その瞬間、の中に、ミカの思いが溢れた。












「ねぇ、ミカちゃん」

「え?」

「何か悩んでることがあったら、俺に言ってよ」

「喜助さん」

「志摩さんのこととか、見ていられないんだ」

「あれは…何でもないの」

「俺は、ミカちゃんの力になりたいんだ」

「ありがとう…でも、大丈夫よ」




 その時のミカの心は、温かくて、穏やかだった。
 には、それが分かった。




「ミカちゃん?」

「もう、芝居に出られないんだって…」

「え…」

「この顔じゃ、ダメなんだって」

「ミカちゃん…」

「出て行くならそれでいいし、下働きでもいいなら置いてやるって。心苦しいけどって。座長、お優しいから」

「どうするつもりなの?」

「まだ決められないの」

「だったら…!」

「…喜助さん?」

「俺の、嫁さんになってくれないか?」

「喜助…さん…」

「まだまだ下っ端の俺が、嫁なんて取れる訳ないんだけど、でも、ミカちゃんと一緒になれたらって、ずっと思ってた」

「…ありがとう…」



 ありがとう…









 ふんわりと、光が包み込んで、目が眩んだ。
 目を閉じて、再び目を開けた時、そこは舞台の上だった。
 はゆっくりと辺りを見渡す。

 薬売りは元の薬売りに戻っていて、舞台の縁から、何処か遠くを見るように佇んでいる。
 それからは、舞台の上で気を失っている役者たちの傍らで静かに涙を流している喜助を見つけた。

 ミカという娘は、女としての幸せよりも、役者として生きることを望んでいた。
 だから、舞台に立てないということが、彼女を絶望させたのだろう。

 人の憎しみや妬みが彼女を死に追いやって、彼女を愛した人までも苦しめた。
 人間は、なんて汚いんだろう。
 放心した頭の片隅で、ぼんやりとそんなことを思っていた。

 緩慢な動作で喜助の下に歩み寄って、はしゃがみ込んで涙を流す喜助に、ミカの最後の声を届けた。
「ミカさん、貴方に“ありがとう”って言ってました。何度も、何度も」
「…だけど、俺は何も…っ」
 酷い鼻声で、喜助は言う。
 一度袖で顔を拭ってから、喜助は天を仰いだ。
「ごめん。ごめんよ、ミカちゃん…!」







 何処かで、鳥が鳴いた、気がした。






















 薬売りとが裏口へ向うと、相変わらず直助が煙管を咥えていた。

「あぁ? 火は収まったのか?」

 ふんぞり返ってこちらを見ている。

「まぁ、何とか」

「座長はどうした?」

「舞台で、気を失って、いますよ」

「はぁ?」

 何があったのか知らない直助は、薬売りの言いように気の抜けた声を出した。
 二人は何も言わずに小屋を出ようとした。


「ま、こんな碌でも無い連中しか居ない小屋は、燃えちまったほうが良いのかもな」


 その言葉に、二人は足を止める。
 この人は、何を…。
「ところで薬売り、たばこをくれないか」
 直助はカン、と灰吹きを鳴らす。
「…そういうこと、ですか」

 薬売りは行李を下ろすと、引き出しを探って幾重かに包んだ紙を差し出した。
 直助は満足そうに笑ってそれを受け取る。

「いいねぇ」

 包みを開いて、中の葉を眺める。
 そして、ほらよ、と言って小さな巾着を投げて寄越した。
「安心しろ、俺の小遣いだからよ」
 盗んだもんじゃない。
「では、遠慮なく…」
 薬売りは口角を上げて笑うと、行李を背負い直して戸口を出て行った。
 は訳も分からずお辞儀をしてから、その後を追った。


 戸口を出てから、小屋に向って手を合わせて、ミカの平安を祈る。
 薬売りは構わず先を行くが、それだけはしておきたかった。






 祈り終えて薬売りを追おうとしたとき、もう一度、カン、と灰吹きを叩く音が聞こえた。














NEXT




薬売りさんの変身(?)ってこんな感じでしたっけ?
自信ありませんが、こんな感じって事にしておいてください…


そして幕引きへ。
2009/10/4