火車
〜五の幕〜





 薬売りは、何処か楽しそうに口角を上げて歩いていた。
 その周りには、いくつもの鬼火。

 たちの居た部屋を出て少し歩くと、一つ、また一つと鬼火が漂ってきた。
 鬼火たちは、特に何をするでもなく、ただ漂っているだけ。
 薬売りには何も聞こえないが、もしかしたら、が居れば何か聞いていたかもしれない。
 を置いてきた理由とすれば、モノノ怪に集中する、ということを実践して欲しかったからだ。
 自分についてきて慌しくモノノ怪と対峙するよりも、一所に留まって辺りを窺い、モノノ怪の気配を感じた方がいいだろうと思った。
 薬売りと離れることに不安を訴えた目は、とても愛おしいと思った。連れて行きたいと思った。
 けれど、それではのためにはならない。


 薬売りは、更に口角を上げていた。




 正信の部屋に近付くにつれ、鬼火の数は増えていく。
 やがて正信の部屋が視界に入ると、その障子を通りぬけるようにして鬼火があふれ出していた。
「…?」
 薬売りは不審がる。
 さっき、正信はあれほどまでに鬼火に狼狽えていたのに、今は声どころか物音一つ聞こえては来ない。
 更に部屋に近付いてみる。


「分かっているのか」

 小さく、けれど叱り付けるような厳しい口調。

「見知らぬ者を勝手に屋敷に入れるなと言っているだろう」

 切羽詰った雰囲気さえ感じられる。

「私室に入れるなど、言語道断だ。しかも、男などと!」

 徐々に語気が荒くなっていく。

「入れていいのは、私だけだ」

 薬売りは、思い至る。

「視界に入れていいのは、私だけだ…!」












 来た道を戻る薬売り。
 その間も、鬼火たちは漂っている。
 しかも、絶賛増量中。

 血の繋がらない父娘。
 娘は見目麗しく、父親もまだ年若い。
 母親は既に他界している。

 薬売りは邪推を続ける。

「さぁて、どうしたものやら」

 ぼやきながらの待つ部屋へと戻ってきた。

さん、戻りました。開けてくれませんか」

 声をかけると、札を剥がす気配がして障子が開いた。
 けれど、そこにいたのはテル一人だった。

さんは、どうしました」
「鬼火と、影を追って出て行きました」
「出て行った…」
 フッと笑った薬売りに、テルは背筋が凍る思いをした。
「それで、何か言っていましたか」
「こ、ここを通って行った黒い影は、楓様の念だと。その念は陽一郎様を探していると」
「…成程…」
 まぁ仕方ない、と小さく言った薬売りは、テルに視線を向けた。


「正信様は、楓さんを愛している、てぇ訳ですか」
「さっきから、言っています」
「娘として、と言うよりは、一人の女として」
「ずっとそう言っています。“愛していらっしゃる”と」
 薬売りは障子を閉めたが、札は貼らなかった。
 そうして姿勢良く正座すると、テルにも座るよう促した。



「旦那様がお変わりになったのは、楓様に婿取りの話が来てからでした」
「婿を、取るはずだった」
「私はそう思っていました。…でも旦那様は、婿は要らないと」

 とても頑ななその態度に、楓もテルもなす術はなかった。
 楓は年頃になると、婿を取って樫山家を盛りたてていきたいとテルに語っていた。
 テルも、楓を養女に迎え入れた時から、もちろんそうなるだろうと思っていたのだ。
 けれど、正信にはその気がなかった。

 もとい、初めからそんな考えなど、持ってはいなかった。
















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気付いたら凄く短かった…


2012/10/14