火車
〜六の幕〜





 鬼火を追って屋敷の外へ出たは、裏手の川沿いを歩いていた。
 影の正体は、もちろん楓だった。
 その楓は、生気がなく、澱んだ空気を纏っていた。
 どこをどう見ても楓だけれど、文字通り楓の“影”のようだった。

 その影を追って、川沿いを進む。
 辺りはすっかり暗くなって、人通りも全く無い。
 いや、人通りが無いのは、向かっている場所のせいだろう。

 は、川向こうに見える建物をチラリと横目で見た。
 高い塀の向こうの、更に奥まった所に見えるのは鐘楼。土盛りされて作られたそれは、遠目からでも良く見える。
 楓の影が向かっているのは、寺だ。

 どうして…。

 は、鬼火たちが橋を渡っていくのを追いながら考えた。
 昨日、鬼火たちが出てきた所も、寺だった。
 屋敷を訪ねる前に立ち寄ってきたのだ。
 大きくはないが、正面は立派な門を構えていた。
 何故、寺を目指すのだろう。

“何処にいるの?”

 楓の声に、思考を止めて視線を戻す。
 橋を渡るとすぐに、寺の裏門があった。
 鬼火も影も、音もなくその門をすり抜けていく。

 も、それに続こうとするが、彼らのようにはいかなかった。
 門を開けようとすると、錆びているのか鈍い音が響く。
 それでもゆっくりと、慎重に押し開けて敷地内に滑り込んだ。

 その瞬間、空気が変わったような気がした。
 背筋に寒気が走り、身体が震えた。
 近場の木陰に隠れると、早くなる脈を必死に落ち着かせようとする。
 何故一人で此処まで来てしまったのか。
 ふと浮かんだ後悔を、頭を振ってかき消す。

 決まっている。
 モノノ怪の、楓の思いを受け止めるため。

 木の影から辺りを見渡すと、そこはどうやら墓地だった。
 そして、空気が変わったのは気のせいではない事が分かった。

「何…これ…」

 門から伸びる石畳は黄櫨、周りの土は黒、空を覆う厚い雲は紫。
 墓石に至っては緋色をしていた。

 普通では、有り得ない色の世界。
 鬼火たちが、照らしたものを毒々しい色に変えてしまっているのだ。


“何処にいるの…?”

 か細い声がする。

“いつになったら、会えるの?”

 返事があるはずもなく。

 は一人、意を決したように力強く頷いた。
 それから、思い切って木から離れた。
 草叢を伝って、近くの墓石の影へと身を潜めながら徐々に声に近付いて行く。
 小刻みに身体が震えていることには気付かないふりをした。

“陽一郎様”

 さっきよりも鮮明に聞こえる声。
 はそっと、墓石から顔を出した。

「…っ!?」

 思わず声をあげそうになって、自らの口を慌てて塞いだ。

 楓は、誰のものとも知れない墓を、その手で掘っていたのだ。
 爪を立て、ガリガリと音を立てながら、掘り下げていく。
 ある程度の所まで掘って、動きを止めた。


“…違う…”


 虚ろな目で何かを探すように辺りを見わたす楓の影。
 は墓石の影で縮こまった。

“陽一郎様?”

 それから楓はゆっくりと歩き出した。
 緩慢な動きであちこちに目を遣って、一つの墓石に目を付けた。
 その墓の前にしゃがみ込むと、また爪を立てた。

“ここに居るの?”

 手や着物が汚れる事も厭わず、無心に掘り続ける。

 は、その異様な光景に衝撃を受け絶句した。
 けれど、疑問が浮かんでくる。

 何故、墓を暴くのか。


“…ここも違う…”


 それからいくつかの墓を同じように掘って、楓はゆらりと踵を返した。
 虚ろな目で力なく門へと向かう。

 門を潜る手前で、ふいに楓が立ち止まった。
 聞こえてきたのは、諦めにも似た声だった。


“分かっているの…。もう、会えないことくらい”


 楓はそのまま鬼火を伴って寺から出て行った。
 楓の気配も鬼火の光もなくなると、墓地は普通の色へと戻っていた。


 墓石の影から抜け出したは、楓たちが出て行った門の方を見つめる。



「もう、会えない?」















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2012/10/21