楓が発した言葉の意味を考えながら、は屋敷へと戻ってきた。
屋敷内に充満していた鬼火はすっかり無くなって、は少し安堵した。
テルと一緒に居た部屋まで来ると、障子が僅かに開いていることに気が付いた。
テルには、自分が出たら札を貼っておくよう言い置いたはずだ。
は、その隙間から中を覗き込もうとした。
「さん」
すると、急に障子が開けられ、薬売りが姿を見せた。
「く、薬売りさん!?」
正信たちの元へ行った薬売りが戻っているとは思わず、は声をあげてしまった。
「戻っ…!?」
戻っていたのかと聞こうとした瞬間、視界が揺らいだ。
「あのっ」
「何処へ、行っていたんですか」
気づけは薬売りの腕の中だった。
澄んだ青で視界が満たされる。
「俺は、此処にいるようにと、言ったはずですが」
「…ごめんなさい…」
きゅう、ときつく抱きしめられる。
それがとても心地よく感じた。
「心配、しましたよ」
「ごめんなさい」
は、目を閉じて全身の緊張が解けていくのを感じた。
力が抜けて、薬売りに凭れてしまう。
「オッホン。」
すぐ近くで咳払いがして、は我に返った。
「て、テルさん…!」
テルの存在を忘れ、薬売りに抱きしめられていたことに、は素晴らしく赤面する。
薬売りは、何でもないような顔でを放してやった。
「それで、何処へ、行っていたんで」
「…お寺…正確に言うと墓地です」
は緩んでしまった表情を戻し、薬売りを見上げる。
「墓地…。楓さんを追って」
「はい」
「俺の思い違いでなけりゃあ、楓さんは正信様の部屋に、居ましたよ」
「あれは…楓さん本人というより、影、というか…」
「影、ですか」
コクリと頷く。
「楓さんの影は、鬼火を伴って墓地に行って…それで…」
は、あの光景を思い出す。
それだけで身震いがする。
「それで?」
「…お墓を、掘っていたんです」
「ほぅ」
薬売りは感心したような声を上げた。
一方テルは絶句している。
「何処に居るの、と繰り返して、探しているんです」
「探している。…誰を」
薬売りの問いかけに、は一瞬躊躇った。
楓の言葉と行動から推測すると、教えられた事とは大分状況が違うのだ。
答えてしまえば、薬売りはそれを決定的なものにしてしまうだろう。
「さん」
真っ直ぐに薬売りを見上げて、は答えた。
「陽一郎様を…です」
しん、と静まり返る室内。
テルが口を開けたまま呆然としている。
その顔色が青褪めていくのが分かる。
薬売りはその様子を見ると、軽く息を吐いてに向かってひとつ頷いた。
何か、考えが纏ったのかもしれない。
薬売りは無言で行李の上に手を掛け、得物を手にする。
真っ直ぐに伸ばした腕。
その手に握られた退魔の剣。
風もないのにふわりとそよぐ獅子の鬣。
「形は…火車」
カチン。
「火車…」
「死者の躯を求めて、墓を暴く、モノノ怪」
「死者…って」
は胸の辺りで拳を握った。
本当に、決定的なものにされてしまった。
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2012/10/28