火車
〜七の幕〜





 楓が発した言葉の意味を考えながら、は屋敷へと戻ってきた。
 屋敷内に充満していた鬼火はすっかり無くなって、は少し安堵した。
 テルと一緒に居た部屋まで来ると、障子が僅かに開いていることに気が付いた。
 テルには、自分が出たら札を貼っておくよう言い置いたはずだ。
 は、その隙間から中を覗き込もうとした。

さん」

 すると、急に障子が開けられ、薬売りが姿を見せた。

「く、薬売りさん!?」

 正信たちの元へ行った薬売りが戻っているとは思わず、は声をあげてしまった。

「戻っ…!?」

 戻っていたのかと聞こうとした瞬間、視界が揺らいだ。

「あのっ」
「何処へ、行っていたんですか」

 気づけは薬売りの腕の中だった。
 澄んだ青で視界が満たされる。

「俺は、此処にいるようにと、言ったはずですが」
「…ごめんなさい…」

 きゅう、ときつく抱きしめられる。
 それがとても心地よく感じた。

「心配、しましたよ」
「ごめんなさい」

 は、目を閉じて全身の緊張が解けていくのを感じた。
 力が抜けて、薬売りに凭れてしまう。


「オッホン。」


 すぐ近くで咳払いがして、は我に返った。

「て、テルさん…!」

 テルの存在を忘れ、薬売りに抱きしめられていたことに、は素晴らしく赤面する。
 薬売りは、何でもないような顔でを放してやった。


「それで、何処へ、行っていたんで」
「…お寺…正確に言うと墓地です」

 は緩んでしまった表情を戻し、薬売りを見上げる。

「墓地…。楓さんを追って」
「はい」
「俺の思い違いでなけりゃあ、楓さんは正信様の部屋に、居ましたよ」
「あれは…楓さん本人というより、影、というか…」
「影、ですか」

 コクリと頷く

「楓さんの影は、鬼火を伴って墓地に行って…それで…」

 は、あの光景を思い出す。
 それだけで身震いがする。


「それで?」


「…お墓を、掘っていたんです」


「ほぅ」


 薬売りは感心したような声を上げた。
 一方テルは絶句している。


「何処に居るの、と繰り返して、探しているんです」

「探している。…誰を」


 薬売りの問いかけに、は一瞬躊躇った。
 楓の言葉と行動から推測すると、教えられた事とは大分状況が違うのだ。
 答えてしまえば、薬売りはそれを決定的なものにしてしまうだろう。


さん」


 真っ直ぐに薬売りを見上げて、は答えた。


「陽一郎様を…です」



 しん、と静まり返る室内。

 テルが口を開けたまま呆然としている。
 その顔色が青褪めていくのが分かる。

 薬売りはその様子を見ると、軽く息を吐いてに向かってひとつ頷いた。
 何か、考えが纏ったのかもしれない。

 薬売りは無言で行李の上に手を掛け、得物を手にする。

 真っ直ぐに伸ばした腕。
 その手に握られた退魔の剣。
 風もないのにふわりとそよぐ獅子の鬣。


「形は…火車」


 カチン。


「火車…」


「死者の躯を求めて、墓を暴く、モノノ怪」


「死者…って」



 は胸の辺りで拳を握った。
 本当に、決定的なものにされてしまった。















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2012/10/28