「お前達、まだいたのか」
突然の声に、三人は一斉に振り返った。
濡れ縁に、憮然とした様子の正信が立っていた。
正信は部屋に入ってくると、テルを睨んだ。
「テル、どういうことだ?」
「いえ、その…」
責める視線にテルは縮こまる。
「鬼火か、気になりましてね」
代わりに薬売りが答える。
「鬼火だと?」
「この廊下を、漂っていたもの、ですよ。それを辿ると、出所は貴方の部屋、でした」
「そんなはずはない。部屋には私と楓しかいなかった」
「だったら、貴方には、鬼火が見えていなかったんでしょう」
「見えていなかった、だと?」
「えぇ」
薬売りは、口角を上げた。
「貴方には、楓さんしか、見えてはいなかった」
だからこそ気付かなかった。
鬼火を発しているのが、楓だと言う事に。
「お前、一体何を…」
怯む正信に、が追い討ちをかける。
「楓さんは、陽一郎様を探しています」
「探す? 陽一郎殿は、江戸に行っている。探さずとも何れ戻る」
「…本当に、江戸にいるんで?」
「何を…言っている」
「楓さんは、陽一郎様を探して、お墓を暴いているんです。どうしてですか!?」
「私が知るわけないだろう!」
声を荒げる正信。
「本当に、知らないと」
鋭い視線を投げかける薬売り。
沈黙が続いた。
チリン。
そこに小さな鈴の音が響いた。
同時に、外がボゥッと明るくなる。
それに気付いて、皆、身構える。
見れば、障子の向こうに、またも鬼火が漂い始めていた。
カタカタと音を立てる障子。
数が多くなっているのか、どんどん外の明るさが増していく。
薬売りは剣を構え、も神経を尖らせる。
正信とテルは青褪め、後退する。
やがて、障子越しに人影が現れた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…っ」
テルが頭を抱えてうずくまり唱える。
正信も、腰を抜かしたのか尻餅をついた。
障子の端が、鬼火のせいか炙られ始めた。
「よ、陽一郎殿なのか!?」
言ってから、正信は口を手で覆った。
その言葉の直後、障子の揺れは収まり、鬼火の明るさが弱まった。
「どうして、陽一郎様が、ここにいると?」
聞こえてきた問いは、弱弱しい楓の声だった。
バァン、という大きな破裂音とともに、障子が吹き飛んだ。
薬売りは目を見開く。
あれほどの数の札を貼っておきながら、いとも簡単に吹き飛ばされた。
障子がなくなり、虚ろな様子の楓が姿を現した。
薬売りは即座に剣を持たない左手を翳して、札を楓と自分たちの間に並べた。
「私が嫁ぐことが、そんなに嫌なの?」
は気付いた。
今、目の前にいる楓は、さっき墓地でも見た楓の影だ。
その心内が、とても暗く静かに渦巻いているのが分かる。
「ねぇ、お父様…陽一郎様は何処にいるの?」
楓は首を傾いで、悲痛な顔で正信に投げかけた。
途端に、鬼火は勢いを取り戻し、部屋の中に充満した。
札よりもこちらには辛うじて進入してこないものの、時間の問題かもしれないと薬売りは感じた。
「楓…」
すっかり怯えてしまった正信は、楓の変わり様に唖然とするばかり。
「どうしてなの…!?」
その問いを合図に、更に鬼火が燃え上がった。
薬売りはそれに気付いて札に意識を集中させたが、端の方から焦げ付いている事に気付く。
早く剣を解放しなければ、危険かもしれない。
薬売りの頭を過ぎる。
薬売りが必死に結界を保持しているのを、は傍らで見つめていた。
このままではいけないことくらい、にも分かる。
けれど、正信もテルも、怯えるばかりで何も話してはくれない。
此処にいる楓の影も、同じ言葉しか発しない。
心の声も、同じ事ばかりで何も分からない。
だったら…。
は覚悟を決めた。
「さん…!?」
薬売りの横をすり抜け、札の結界をすり抜け、鬼火の群れをすり抜け、楓の傍をすり抜け、は部屋を出て行った。
「…何を…」
遠ざかる足音を聞きながら、薬売りは楓と対峙した。
NEXT
2012/11/3