が目的地まで来ると、そこにはさっきまでとは比べ物にならないくらいの鬼火があった。
眩しいのか息苦しいのか、酷く眩暈がする。
そこは、正信の部屋だった。
部屋の中では、楓が倒れていた。
良く見ると、楓の身体から鬼火が生まれ出ている。
鬼火たちは、楓を案ずるように楓の周りをうろうろして、後から絶えず生まれ出てくる鬼火に押し出されるように部屋の外へと流れ出ているのだ。
「楓さん!」
鬼火を避けながら、楓の傍へと駆け寄る。
楓は、目を開けてはいるものの、何処を見ているでもなく、完全に意識を手放しているようだった。
は楓の肩を揺すって取り戻そうとする。
けれど、いくら呼んでも揺すっても、楓の身体から鬼火は生まれ続ける。
「楓さん!!」
は、楓の体を抱え起こして楓の目を覗き込んだ。
「!?」
一瞬、目が合ったかと思うと、その目に吸い込まれた。
紫の空の下、黄櫨の建物が並び、真っ白な人が行き交う。
気が付くと、墓地で見た世界と同じ色彩の町にいた。
「ここは…」
は、辺りを見わたす。
顔の無い真っ白な人達が、絶えず行き交っている。
何を話しているわけでもないのに、ざわざわとした喧騒が聞こえる。
“母さま…”
すぐ傍の塀の向こうから、やけにはっきりと声が聞こえた。
はそちらに足を向ける。
小さな扉を開けて中に入ると、庭に面した場所だった。
黒く、何もない地面を歩く。
その先のやはり黄櫨の家の開け放たれた座敷に、人の気配があった。
“母さま”
布団に横たわる女を見つめる、まだ幼い少女。
その少女にだけ、ちゃんとした色彩があった。
には、それが楓なのだと分かった。
“お父上は、迎えに来んのかね”
傍に座る真っ白なお坊さん。
コクリと頷く楓。
“だったら、寺に来るかい? あんたくらいの子を三人ばかり預かっているから、何の気兼ねもいらないよ”
その優しい言葉に、またコクリと頷いた。
ふっと暗転して、今度は寺のお堂にいた。
どうやら、楓以外の色は決まっているらしい。
黄櫨のお堂の真ん中に、は立っていた。
お堂の奥、柔和な顔をした観音像の前に、少しだけ成長した楓が正座している。
“楓、お前を引き取りたいと言う方がいるぞ”
背後から声が聞こえてきて、振り向くと入り口の方にさっきの坊主が立っていた。
そして、その後ろには灰色の人が二人、佇んでいた。
“楓というのね。とても可愛らしい子”
“あぁ、そうだな。やはり、この子にしよう”
そうして今度は、よく知っている場所に居た。
今居る、楠山の屋敷だ。
けれどやはり、色は単色で気味が悪い。
“ほら、この色、よく似合っているわ”
“いや、こちらの色の方がいい”
“もう、お前様ったら、分かってない”
“分かっていないのはお前の方だ。なぁ、楓?”
徐々に、その二人が色付いていく。
“楓、こっちに綺麗な花が咲いてるわ。いらっしゃい”
“楓、そろそろ手習いの刻限だぞ”
“楓”
“楓”
完全に人の色になった二人。
一人は養父である正信。
もうひとりは、恐らく亡くなったという養母だろう。品のいい綺麗な顔をして、とても穏やかそうな人だ。
二人は楓をとても可愛がって、楓も二人に良く懐いていた。
けれど、それから真っ黒になった。
人の輪郭や建物も分かる。
けれど全てが黒で塗りつぶされているのだ。
「何、これ…」
は、次々と展開する世界に理解が追いつかない。
何処を見ても真っ黒だ。
“楓、これからは二人で生きていくんだ”
“テルも、力になってくれるよ”
小さな楓の手を引いて、正信が屋敷の中を歩く。
その間に、楓の背が伸びていく。
やがて今の楓と同じくらいにまでなった。
“いい子に育ったね、楓”
満足そうに微笑む正信。
“とても綺麗だ”
楓の顎に手を当てて、楓の顔を覗きこむ。
“お前は、本当に…美しい”
目を細めた正信は、何処か不穏な気配がした。
“美しいよ、梓…”
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2012/11/11