気が付くと、さっき、光を見ていた状態に戻っていた。
見ると、尻餅をついた状態の織哉の前に、薬売りが立ちはだかっている。
「俺を、殺すのか…?」
「いえ、“斬る”んですよ」
「殺すんじゃねぇか…」
「…正確に言うなら、“退治する”ですかね」
「退治…」
退魔の剣の獅子頭を織哉に向けた。
「モノノ怪の形は、桂男…」
カチン―。
獅子頭が歯を合わせたことに、織哉は瞠目する。
「娘を攫ったのは、自分の身体を保つため…。そしてそれは、死して尚この世に留まり続け、自分に相応しい女を探すため…」
薬売りの言葉に、けれど剣は反応しなかった。
「やはり…」
予期していたかのように薬売りは呟いた。
「何やってるのよ! 早く止めを刺して!」
利津は肩で息をしながら叫んだ。
一向に剣を抜こうとしない薬売りに、痺れを切らしたようだ。
「と、言われても…」
薬売りは小首を傾げ、織哉と、織哉の身体から漏れる光を見比べた。
この光から、何かが渦巻いているのは分かる。
薬売りは、その光に手を伸ばした。
「薬売りさん」
それを、が止めた。
振り返ると、は静かに首を振っていた。
「さん…」
「その人は、自分を見てほしかったんです」
親にとっても、女たちにとっても、“酒造の跡取り”でしかなかった自分。
誰からもそういう目でしか見られなかった。
織哉という一人の子供、一人の男として見てもらいたかった。
そうして、認めてもらいたかった。
自分の歩んだ道を。
自分の存在を。
―カチン。
獅子頭が鳴ると、大きな力が唸った。
薬売りは剣を構えると、織哉を見据えてはっきりとした声で言った。
「真と理によって、剣を、解き、放つ――!」
青い世界を、金が飲み込んでいく。
目映い色が迸り、そこにいた薬売り以外の者は皆、目を塞ぐしかなかった。
目を閉じたの意識が、まだ青さの残る場所へと移った。
今にも消えていきそうな織哉の姿が、そこにはあった。
虚ろな目でこちらを見ている織哉に、は言った。
「貴方は、ご両親にも女の人にも失望したけれど、自分に一番、失望したんですね」
何も言えず、何も出来ず、何も変えられなかった自分に。
ただ、親の言うがままにしか生きられなかった自分に。
女を心底愛し、信頼することの出来なかった自分に。
“なんて、哀しい人間なんだろうな、俺は”
弱弱しい声で、織哉がそう言った。
そうして最期に、小さく微笑んだ―様な気がした。
気が付くと、青はなくなり、普段と変わらぬ“夜”だった。
寂れてしまった屋敷。
埃っぽい座敷。
その上に、何人もの女たちが横たわっている。
女達には光が纏わりつき、光はその口へと入っていく。
薬売りもも、黙ってその光景を見ていた。
利津は、織哉が倒れて居た所を見つめたまま動かなかった。
不意に、利津が鼻を啜った。
「馬鹿な男…」
薬売りとの視線が、利津に向けられる。
「自分を見てほしかった、認めてほしかったなんて」
震える声。
「アンタを見てなかったって言うなら、どうして妹は自害なんてするのよ」
握った手の力が増す。
「アンタとの結婚が破談になって、沙紀は死んだのよ。酒蔵の息子と結婚できないからじゃないのよ。アンタと一緒になれなかったからでしょう? それが出来なくて、沙紀も失望したのよ…!」
やがて利津は涙を流した。
一頻り泣いた彼女は、手に持っていた簪をそこへ置いた。
そうして、静かに手を合わせた。
薬売りはそれをただ見つめ、は同じように手を合わせた。
あの世で二人が一緒に居られればいい。
は切に、そう願った。
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2014/8/3