桂男
〜五の幕〜





 布団へと戻って横になっていたのもとに、光が帰ってきた。
 薄く目を開いてその光に向かって小さく笑う
 光はそのままの身体へと入っていき、辺りは元の色に戻った。
 瞬間、狐の声が耳に響いた。

“もうすぐ、奴が来るぞ”

「…え?」

 思わず声に出していたが、繻雫は何も答えず、そのまま気配を消してしまった。

 は起き上がると、辺りを見渡した。
 奴、というのが一体何なのか見当もつかない。
 はまたも布団を抜け出すと、恐る恐る部屋を出た。

 青い闇が変わらずにそこにある。
 心細く思いながらも、は土間へと向かう。

「…?」

 不意に、何かの気配がした。
 軽い衝撃のような、何かが壊れたような。
 間を置かず、もう一度同じような気配がする。

「…一体何?」

 土間へと降りて、鉄格子で塞がれた勝手口へ向かおうとした時。
 外から、こちらに近づいてくる足音がした。

「!?」

 は息を飲み、それを吐き出さないよう両手で口を覆った。
 不安のあまり、足ががくがくと震える。

 すぐ外で、何かが壊れる音がした。



 勝手口を開け、格子の向こうに姿を現したのは―




「くすり…うり、さん…??」




 驚きのあまり、上手く声が出せなかった。






 格子の向こうに現れたのは、紛れもない薬売りだった。
 退魔の剣を片手に、身構えるように低い姿勢をとっている。
 けれど、の姿を確認すると、肩の力を抜いたようだった。
「薬売りさんっ」
 は弾かれた様に駆け出すと、両手で格子を握りしめた。
さん」
 の手を覆うように、薬売りの手が重なる。
「心配、しましたよ」
「…ごめんなさい」
 薬売りはもう一方の手を格子の間から差し出すと、の頬に触れた。
 の頬も、薬売りの手も、とても冷えている。
 それでも目に涙を滲ませて、は微笑んでいた。
 薬売りも安堵したのか、僅かに口角を上げた。

「少し、離れてください。封を解きます」

 そう言うと、薬売りは札を取り出して格子に宛がう。

「破ッ―!!」

 ガシャンッ!

 薬売りが気合を込めると、錠は派手な音を立てて壊れた。
 さっきが感じた気配と同じ衝撃だった。
 全ての出入口に、錠と共に力が込められていたのだ。

 格子戸を開けて、薬売りがゆっくりと中に入ってくる。
 互いに視線を合わせたまま距離が近づく。

 そっと、薬売りはを抱きしめた。

 薬売りの両腕はを包み込み、の両手も薬売りの背に回る。

「まったく、貴女ってぇ人は…何をしているんだか」
「本当に。自分でも思います」

「それでも…」
「…? 薬売りさん?」

 言いかけた薬売りに、は薬売りの腕の中で微かに首を傾げた。

「それでも、無事でよかった」

 心の底から絞り出されたような薬売りの安堵の声。
 は目を閉じて、その抱擁に身を委ねた。














NEXT










やっと会えました。


前回長かった分、今回短めで…


2014/6/1