特別出演・弐
〜只ならない人々・壱〜





「おい、お前」


 人で賑わう大きな通りで、薬売りは声を掛けられた。

「何でしょうか、ね」

 薬売りは冷ややかな目で、声の主を見た。
 あまり身形の良くない浪人風の男だった。
 薬売りは、傍に居たを背に庇った。

「お前、本当にこの国のモンか」
「この国から出た覚えは、ありませんが」
「じゃあ、なんだってそんな頭をしてるんだ」
「さあて、何故でしょうかね」
「そんな色をしてるのは、メリケンやエゲレスの奴らだけじゃねぇか」

 男は、薬売りの頭を指さして険しい顔をした。
 薬売りは動じず、男に鋭い視線を放つ。
 は、不安そうに薬売りの背中を見つめる。



 黒船の来航以来、言い掛かりをつけられることがたまにあった。
 関所を止められたり、宿を断られたり、日本から出て行けと言われたこともあった。
 随分と、旅も商売もし辛くなってしまった。


「変な言い掛かりは、やめてくれませんか」
「言い掛かりだと」
「商いの邪魔です」
「何ぃ!?」
「俺は、薬を商っているもんで」

 手馴れたもので、薬売りは浪人を軽くあしらうような言い方をする。
 次第に、三人の周りに人が集まり始めた。


「薬だと」
「俺は薬屋の家に生まれたもんで、幼い頃から様々な毒を飲まされてきたんですよ。蛇やトリカブト、鈴蘭なんてぇ可愛いものも、ありましたね」
「…っ。お前、馬鹿にしてるのか」
「とんでも、ありません。事実を言っているまでですよ」
「お、お前のその髪と毒と、何の関係があるってんだ!」


 野次馬たちの手前、男も引き下がるわけには行かない。


「まだ、分かりませんか」


 言外に、“馬鹿か”と言っているような声色。


「毒を飲み続けたお陰で、髪の色素がなくなったってぇ、言っているんですよ」


 生まれてこの方、この国から出たことはない。
 薬売りはそう言い切った。


「そんな証拠がどこにある!」


 苦し紛れに男は腰の得物に手を伸ばした。
 野次馬達はそれに驚いて数歩下がる。

 薬売りは小さく溜め息を吐いた。

 男は刀を抜こうと腰を落とした。



「おやめなさい!!」



 清々しい、けれど覇気のある声が響いた。


 野次馬達の視線が、一斉に声のした方に向く。


 若い男が、薬売りたちを見据えていた。
 細身だが上背があり、背筋の伸びた綺麗な姿勢をしている。
 クセのある総髪は一つに結い上がっている。
 その傍らにもう一人、明らかに憤慨している少年の姿もあった。
 小柄なその少年は、言うなればとても美人だった。

「一体何の騒ぎです。こんな往来で」
「お前達には関係ない! 黙ってろ」

 浪人は悪態をついて追い払おうとする。

「そういうわけには行きません。浪人といえど、貴方は武士でしょう。武士が町人相手に刀を抜くんですか」

 若い男にそう言われ、浪人は言葉に詰まる。

「…こいつは南蛮人だ! 日本を穢す奴らの仲間だ!!」
「その人が日本人である証拠はないかもしれません。でも、その人が日本を穢す行いをしたという証拠もありませんよ。少なくとも、今、貴方の目の前ではしていないでしょう」

 その言葉に、少年だけでなく野次馬たちもうんうんと頷いている。

「…くそ!」

 汚い言葉を吐く浪人は、分が悪いと踏んだのか、後ずさりを始めた。

 けれど、次の瞬間、浪人は薬売りに向かって斬りかかった。


 ―キンッ!!


 金属音が辺りに響いた。


 浪人の振り下ろした刀は、若い男に易々と受け止められていた。

「…速い…っ」

「見苦しいですよ」

 若い男は浪人を押し返して吹き飛ばした。
 よろめいた浪人の腹へ、刀の柄で一撃を見舞う。


「うぐっ」


 呻いて倒れこんだ男を、少年が捕縛する。


「誰か、番屋へ知らせてくれませんか」

 少年は野次馬へ向かって言った。
 ちょうど視線が行った辺りの男達が数人走り出したのを見て、少年の表情が和らいだ。

 やがてやって来た男たちに、浪人は連行されていった。
 それと同時に、野次馬たちも霧散した。


「全く、何だってんでしょうね。…大した騒ぎにならなくて良かったですね、沖田先生」

 男達の後姿を眺めながら、少年が安堵の溜め息を漏らした。

「えぇ。でも、この辺も随分浪人が増えましたね」

 沖田と呼ばれた男は、肩を竦めた。

「私達がいつも目を見張らせているっていうのに、命知らずな輩が多すぎます」
「神谷さん。自分の職務に誇りを持つのはいいですけど、あまり過信し過ぎないように」
「…はい、沖田先生」

 そんなやり取りをしてから、二人は薬売りとの方へとやってきた。

「お怪我はありませんか?」

 少年が薬売りとに向かって言った。

「えぇ、お陰さまで」
「助けていただいて、ありがとうございました」

 が深々と頭を下げる。
 顔を上げたと少年の視線がぶつかる。
 どちらも、何やら呆けた顔をした。


「京も物騒になったもんで」

 薬売りの目が、やや細くなる。
 その様子に、は首を傾げた。

「…私達の目が行き届いていないということでしょうね。非番とはいえ、面目ない」

 沖田という男は頭を掻きながら破顔した。
 沖田の言葉にも、は首を傾げるばかり。
 一体何のことを言っているのか。
 不思議そうにするに気付いて、沖田と少年は笑った。

「申し遅れました。私は新選組一番隊組長、沖田総司です」
「同じく一番隊神谷清三郎と申します」

 清々しく名乗るものだから、は一瞬、その言葉を理解できなかった。















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つい先日風光る35巻買ったので、何となくup。

2014/5/4