「おい、お前」
人で賑わう大きな通りで、薬売りは声を掛けられた。
「何でしょうか、ね」
薬売りは冷ややかな目で、声の主を見た。
あまり身形の良くない浪人風の男だった。
薬売りは、傍に居たを背に庇った。
「お前、本当にこの国のモンか」
「この国から出た覚えは、ありませんが」
「じゃあ、なんだってそんな頭をしてるんだ」
「さあて、何故でしょうかね」
「そんな色をしてるのは、メリケンやエゲレスの奴らだけじゃねぇか」
男は、薬売りの頭を指さして険しい顔をした。
薬売りは動じず、男に鋭い視線を放つ。
は、不安そうに薬売りの背中を見つめる。
黒船の来航以来、言い掛かりをつけられることがたまにあった。
関所を止められたり、宿を断られたり、日本から出て行けと言われたこともあった。
随分と、旅も商売もし辛くなってしまった。
「変な言い掛かりは、やめてくれませんか」
「言い掛かりだと」
「商いの邪魔です」
「何ぃ!?」
「俺は、薬を商っているもんで」
手馴れたもので、薬売りは浪人を軽くあしらうような言い方をする。
次第に、三人の周りに人が集まり始めた。
「薬だと」
「俺は薬屋の家に生まれたもんで、幼い頃から様々な毒を飲まされてきたんですよ。蛇やトリカブト、鈴蘭なんてぇ可愛いものも、ありましたね」
「…っ。お前、馬鹿にしてるのか」
「とんでも、ありません。事実を言っているまでですよ」
「お、お前のその髪と毒と、何の関係があるってんだ!」
野次馬たちの手前、男も引き下がるわけには行かない。
「まだ、分かりませんか」
言外に、“馬鹿か”と言っているような声色。
「毒を飲み続けたお陰で、髪の色素がなくなったってぇ、言っているんですよ」
生まれてこの方、この国から出たことはない。
薬売りはそう言い切った。
「そんな証拠がどこにある!」
苦し紛れに男は腰の得物に手を伸ばした。
野次馬達はそれに驚いて数歩下がる。
薬売りは小さく溜め息を吐いた。
男は刀を抜こうと腰を落とした。
「おやめなさい!!」
清々しい、けれど覇気のある声が響いた。
野次馬達の視線が、一斉に声のした方に向く。
若い男が、薬売りたちを見据えていた。
細身だが上背があり、背筋の伸びた綺麗な姿勢をしている。
クセのある総髪は一つに結い上がっている。
その傍らにもう一人、明らかに憤慨している少年の姿もあった。
小柄なその少年は、言うなればとても美人だった。
「一体何の騒ぎです。こんな往来で」
「お前達には関係ない! 黙ってろ」
浪人は悪態をついて追い払おうとする。
「そういうわけには行きません。浪人といえど、貴方は武士でしょう。武士が町人相手に刀を抜くんですか」
若い男にそう言われ、浪人は言葉に詰まる。
「…こいつは南蛮人だ! 日本を穢す奴らの仲間だ!!」
「その人が日本人である証拠はないかもしれません。でも、その人が日本を穢す行いをしたという証拠もありませんよ。少なくとも、今、貴方の目の前ではしていないでしょう」
その言葉に、少年だけでなく野次馬たちもうんうんと頷いている。
「…くそ!」
汚い言葉を吐く浪人は、分が悪いと踏んだのか、後ずさりを始めた。
けれど、次の瞬間、浪人は薬売りに向かって斬りかかった。
―キンッ!!
金属音が辺りに響いた。
浪人の振り下ろした刀は、若い男に易々と受け止められていた。
「…速い…っ」
「見苦しいですよ」
若い男は浪人を押し返して吹き飛ばした。
よろめいた浪人の腹へ、刀の柄で一撃を見舞う。
「うぐっ」
呻いて倒れこんだ男を、少年が捕縛する。
「誰か、番屋へ知らせてくれませんか」
少年は野次馬へ向かって言った。
ちょうど視線が行った辺りの男達が数人走り出したのを見て、少年の表情が和らいだ。
やがてやって来た男たちに、浪人は連行されていった。
それと同時に、野次馬たちも霧散した。
「全く、何だってんでしょうね。…大した騒ぎにならなくて良かったですね、沖田先生」
男達の後姿を眺めながら、少年が安堵の溜め息を漏らした。
「えぇ。でも、この辺も随分浪人が増えましたね」
沖田と呼ばれた男は、肩を竦めた。
「私達がいつも目を見張らせているっていうのに、命知らずな輩が多すぎます」
「神谷さん。自分の職務に誇りを持つのはいいですけど、あまり過信し過ぎないように」
「…はい、沖田先生」
そんなやり取りをしてから、二人は薬売りとの方へとやってきた。
「お怪我はありませんか?」
少年が薬売りとに向かって言った。
「えぇ、お陰さまで」
「助けていただいて、ありがとうございました」
が深々と頭を下げる。
顔を上げたと少年の視線がぶつかる。
どちらも、何やら呆けた顔をした。
「京も物騒になったもんで」
薬売りの目が、やや細くなる。
その様子に、は首を傾げた。
「…私達の目が行き届いていないということでしょうね。非番とはいえ、面目ない」
沖田という男は頭を掻きながら破顔した。
沖田の言葉にも、は首を傾げるばかり。
一体何のことを言っているのか。
不思議そうにするに気付いて、沖田と少年は笑った。
「申し遅れました。私は新選組一番隊組長、沖田総司です」
「同じく一番隊神谷清三郎と申します」
清々しく名乗るものだから、は一瞬、その言葉を理解できなかった。
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つい先日風光る35巻買ったので、何となくup。
2014/5/4