短編
〜風の先〜










 誰もいない。

 独りぼっちだ。

 そう思うと、急に心細くなった。

 いつも傍にいてくれる薬売りさん。

 いつも傍に感じられる繻雫。

 どちらも今はいない。感じられない。

 たまに感じるこの世ならざる者の気配も、今はない。


 ここは何処だろう。

 振り返っても、見上げても、ここが何処か分からない。

 分からないというか、ここには何もない。

 音もなく、風もなく、色もなく。

 ただ、薄暗くて、少しだけ寒い。


 ここは、どこだろう。

 目を閉じて、感じ取ろうとする。

 けれど、意識を集中させても、何も感じられない。

 感じられないというか、ここには何もない。



 何かを求めて、歩き始めた。

 薄暗さのその先は、暗くて、闇のようだった。

 それでも、ただ立っているよりはいい。

 進んでいるのか戻っているのか、分からないけれど。

 どこに向かって、どこに辿り着くのか、分からないけれど。

 時折足を止めて、振り返ってみる。

 自分が歩いてきた跡は、暗闇に飲まれてしまった。


 不安が増していく。
 大丈夫だと自分を鼓舞しても、心細さは拭えない。


 どうしてここにいるのか。
 どうして何もないのか。

 自分はどうしてしまったのか…。

 はぁ、と出るのは溜息だけ。


「…薬売りさん…」


 口に出してしまったら、無性に会いたくなった。

 こんな、どこにいるのかも分からない状態なのに。

 探しようもないのに。


「薬売りさん…!!」


 叫んでから、思い知る。

 自分はこんなに弱かっただろうか。

 いつから、当たり前になっていただろうか。

 薬売りさんが、居ることが。


「…っ」


 もう一度呼ぼうとして気が付いた。

 微かに風を感じる。

 暖かい風が、ふわりと吹いた。

 頬や髪を、優しく撫でるように過ぎていく。

 その風の吹いてくる方を見つめる。

 きっと、何かある。



 向かう先は決まった。


 この風の来る方へ。



 きっと光が迎えてくれる。

















NEXT









2016/8/21