「薬売りさんは、昔からあぁなんですか?」
思い切って良月さんに聞いてみた。
「昔からって言ってもな。俺も三年前に一度会ったきりだからなぁ」
薬売りさんが商売に出かけているとき、良月さんが往診に訪ねてきた。
部屋に通すのを少し躊躇った私に、良月さんはこう言った。
“人のものに手を出す気はねぇから安心しろ”
誤解を解くべきだと思って、部屋に通した。
「とにかく不思議な奴だったよ」
最初にモノノ怪がどうのと言い出したときは、頭が可笑しいんじゃないかと思ったと笑った。
「モノノ怪を斬った後、怪我をしてると分かって、二、三日置いてやったんだが、話すと面白い奴だと分かってな」
「怪我をしたんですか…薬売りさん」
「まあ、大したことはなかったんだが。傷も治らないうちに発とうとしてたから、無理に引き止めた」
良月さんは、荷物の中から小さな筒を取り出した。
「心の蔵の音を聞くだけだ」
「は…はい」
その筒の片方を私の胸に当てて、もう片方には良月さんが耳を当てる。
少しだけ、緊張する。
「悪いな」
そう言って、二本指で肺の辺りを軽く叩く。
相手はお医者様のはずなのに、何だか不安になる。
「問題ねぇ。後はあいつに無理させないようにきつく言い聞かせるだけだな」
良月さんはぱっと私から離れて笑った。
「あ、ありがとうございます」
「そう警戒しなさんな。言っただろ、人のものには興味ねぇって」
また…。
「あの」
「あん?」
「誤解してます」
「何をだい」
「薬売りさんと私は、そんなんじゃありません」
「…ぶっ、冗談だろ」
一瞬間を置いて、良月さんは吹いた。
「冗談じゃありません」
「そんなはずはねぇだろ。一緒に旅をして、部屋も一緒で」
「それはモノノ怪絡みで色々あったから…」
「あんた、何であいつと旅を?」
話していいものかと、迷う。
だけど、良月さんはモノノ怪のことを知っているわけだから、大丈夫だとも思う。
「私、この世ならざるものの声が聞こえるんです」
「…な…っ。この世ならざるもの…?」
「はい。つまり、亡くなった人の声です」
「そりゃあ、幽霊ってことか?」
「そんな様なものでしょうか」
私も、自分のこの力を詳しく説明しろといわれても、上手く出来ない。
今まで説明したことがないから。
けれど、良月さんはモノノ怪に遭遇した事があるせいか、疑っては居ないみたい。
「それが、薬売りさんのモノノ怪退治に、少しは役に立つというか」
「あぁ、あの“形”、“真”、“理”ってやつか」
良月さんは腕組みをして考え込む。
「まぁ、確かにあぁなっちまったら、言葉もクソもねぇからな」
「私には、元の、人だったときの心の声というか、そういうものが聞こえるんです」
「だから、一緒に旅をしてるってか」
「はい、元々私も一人で旅をしてたので」
「あんた一人でか!?」
「はい」
女の一人旅だと聞いて、驚かない人は居ない。
薬売りさんを除いては。
薬売りさんは、自分の事を必要以上に話さない代わりに、人のことにもあまり興味はないらしいから。
「私の力が必要だと、薬売りさんは言ってくれたので」
自分で言って、少し恥ずかしくなった。
俯いて、赤くなる顔を隠す。
「アンタ、惚れてるのか」
「へっ!?」
変な声を上げてしまった。
「そうなんだな」
「そんなんじゃありません」
それで完全にバレてしまったらしい。
否定しても、良月さんは正にニヤニヤ笑っている。
「分からないでもない。三年前にモノノ怪騒動に巻き込まれたとき居合わせた女も、あいつに入れ揚げてたことだしな」
「…え…?」
何故か、心臓がびくりとした。
「その女はモノノ怪の恨みを買っちまったうちの一人でな、やつがモノノ怪を斬ったことで命を助けられた形になってな」
もし、あの妖艶で他とは違う雰囲気を持った薬売りさんに命を助けられたら、きっと普通の娘さんなら、心惹かれてしまうかもしれない。
それは、有り得ないことじゃないと思う。
「やつが俺のところで養生してる間は、日に何度も訪ねて来てたぜ」
何故か、胸が痛んだ。
「まぁ、ついぞあいつは相手にしなかったけどな」
「そういうこと、鬱陶しがりますから」
だから私は、気持ちを隠してるのだから。
例え恋人や夫婦のふりをしても、それはただのフリだから。
胸が、しめつけられる様。
痛い。
「アンタ…」
私は、無理に笑顔を作った。
何でもない、と。
「それで、その女の人はどうしましたか」
「どうって」
だって、薬売りさんはその町に留まることは決してない。
薬売りさんが姿を消して、その人はどうなったのか、気にならないわけがない。
「翌年、他の男と祝言を挙げたぜ」
「…そうですか」
「やつに関することは、全てが刹那的でな。夢か幻だったんじゃねぇかと思うこともある。あいつの存在も、モノノ怪も…。だから、その女も、すぐに吹っ切れたらしい」
刹那。
一瞬。
「でも、さん。アンタは違うだろう」
「え…?」
「もう、刹那じゃあねぇくらいの時を過ごしてるんじゃねぇのかい。劫とまでは言わねぇが」
その言葉は、胸の痛みを和らげた。
私は、一所に留まることをしない人と、もう何ヶ月も旅をしてきた。
それは…
じんわりと、胸が温かくなった。
それと同時に、目頭も。
「さんを、泣かせないでいただけますか」
スラリと障子が開いて、薬売りさんが姿を見せた。
呆れたような、そんな顔をしている。
「何の話を、していたんだか」
良かった、話の内容までは知らないみたい。
「お前と旅するのも大変だって話だよ」
「ほぅ」
薬売りさんは部屋に入ると、行李を置いて窓際に座る。
窓際は、薬売りさんの好きな場所。
「何が大変なのか、教えてもらうと、しましょうか」
「え、それは良月さんが勝手に…!」
「それじゃ、続きは二人でやってもらって、俺は退散させてもらうぜ」
「なっ、言い逃げですか!?」
「さぁ、聞かせて、もらいましょうか」
「じゃあな」
「え、ちょっと!!」
良月さんは、私の制止など聞かないで部屋を出て行った。
薬売りさんは私の方を向いて正座している。
どうしてこんなことに…!
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2010/11/6