私が狼狽えた顔をしていると、薬売りさんはふっと笑った。
「元気になったようで、何より、ですよ」
「え…、あの…はい」
薬売りさんはするりと頭の手拭を取った。
ふわりと髪が揺れる。
何が大変か、というのは、どうでもいいということ?
「何故、泣いていたんで」
「泣いてたわけではないんです。何だか、嬉しくて」
「うれし泣き、ですか」
そういうことになるのかもしれない。
何だか、恥ずかしいけど。
「随分と、仲良くなったもんで」
「…?」
「良月さんと、ですよ」
「仲良くというか…。でも、そうかもしれないです。少しだけ聞いてしまいましたから」
薬売りさんは、微かに首を傾げた。
「三年前の、薬売りさんのこと」
「ほぅ…?」
「綺麗な方でしたか?」
「誰が、ですかね」
「えっと、薬売りさんが助けた女の人…?」
「俺が、助けた?」
何だかとても嫌な予感がする。
とぼけるでもなく、本当に首を傾げてる。
「騒動の後も、養生してる薬売りさんを何度も訪ねたんですよね?」
「あぁ…あの人、ですか。余り覚えちゃあいませんが、特に綺麗だとは、思いませんでしたね」
そりゃあ自分がそんなだもの。
この様子だと、やっぱり薬売りさんはその人に興味がなかったらしい。
興味がないというか…
薬売りさんにとっても、刹那なんだと思った。
モノノ怪を斬るために旅をする薬売りさんにとって、一所に居る事は、刹那なんだ。
その時その時で、人と深く関わる事は、多くないんだ。
何だかちょっと、薬売りさんが悲しい人に思えた。
「良月さんのことは、覚えていたんですか?」
「何を、言い出すんで」
「だって、その女の人のことは覚えてなかったのに、良月さんは大分知った風でしたよ?」
「何日か、世話になったんでね」
そういう事は、覚えてるんだ。
「それに、あれ程口も態度も悪い医者は、そう、居ませんからね」
なるほど。
納得して、思わず頷いてしまった。
「不思議です」
「…?」
私は、立ち上がって薬売りさんの傍に歩いた。
「大丈夫、ですか」
「これくらい、もう平気です」
薬売りさんと膝を付き合わせるようにして、同じように正座する。
「薬売りさんは、旅をする間に色んな人と出会って別れてきたのに、私はまだ、薬売りさんと一緒に居ます」
それが不思議。
「不思議、ですか」
「はい。…?」
薬売りさんは、私にそっと視線を向けて微かに笑った。
「俺は、そうは思いませんけどね」
「え…」
「そうなる道を選んだのは、俺であり、貴女だ」
だから同じ道を歩いている。
刹那とも、劫とも言えない時間を共に生きている。
「何処にも不思議なところなんて、ありはしませんよ」
口角を上げて、今度こそ笑う薬売りさん。
私もつられて微笑んだ。
「…はい…」
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2010/11/14