幕間第二十九巻
〜刹那・参〜





 私が狼狽えた顔をしていると、薬売りさんはふっと笑った。

「元気になったようで、何より、ですよ」
「え…、あの…はい」

 薬売りさんはするりと頭の手拭を取った。
 ふわりと髪が揺れる。
 何が大変か、というのは、どうでもいいということ?

「何故、泣いていたんで」
「泣いてたわけではないんです。何だか、嬉しくて」
「うれし泣き、ですか」
 そういうことになるのかもしれない。
 何だか、恥ずかしいけど。
「随分と、仲良くなったもんで」
「…?」
「良月さんと、ですよ」
「仲良くというか…。でも、そうかもしれないです。少しだけ聞いてしまいましたから」

 薬売りさんは、微かに首を傾げた。

「三年前の、薬売りさんのこと」
「ほぅ…?」
「綺麗な方でしたか?」
「誰が、ですかね」
「えっと、薬売りさんが助けた女の人…?」
「俺が、助けた?」

 何だかとても嫌な予感がする。
 とぼけるでもなく、本当に首を傾げてる。

「騒動の後も、養生してる薬売りさんを何度も訪ねたんですよね?」
「あぁ…あの人、ですか。余り覚えちゃあいませんが、特に綺麗だとは、思いませんでしたね」

 そりゃあ自分がそんなだもの。
 この様子だと、やっぱり薬売りさんはその人に興味がなかったらしい。

 興味がないというか…

 薬売りさんにとっても、刹那なんだと思った。
 モノノ怪を斬るために旅をする薬売りさんにとって、一所に居る事は、刹那なんだ。
 その時その時で、人と深く関わる事は、多くないんだ。

 何だかちょっと、薬売りさんが悲しい人に思えた。



「良月さんのことは、覚えていたんですか?」
「何を、言い出すんで」
「だって、その女の人のことは覚えてなかったのに、良月さんは大分知った風でしたよ?」
「何日か、世話になったんでね」

 そういう事は、覚えてるんだ。

「それに、あれ程口も態度も悪い医者は、そう、居ませんからね」

 なるほど。
 納得して、思わず頷いてしまった。





「不思議です」
「…?」

 私は、立ち上がって薬売りさんの傍に歩いた。

「大丈夫、ですか」
「これくらい、もう平気です」

 薬売りさんと膝を付き合わせるようにして、同じように正座する。

「薬売りさんは、旅をする間に色んな人と出会って別れてきたのに、私はまだ、薬売りさんと一緒に居ます」

 それが不思議。

「不思議、ですか」
「はい。…?」




 薬売りさんは、私にそっと視線を向けて微かに笑った。




「俺は、そうは思いませんけどね」




「え…」




「そうなる道を選んだのは、俺であり、貴女だ」




 だから同じ道を歩いている。
 刹那とも、劫とも言えない時間を共に生きている。

「何処にも不思議なところなんて、ありはしませんよ」

 口角を上げて、今度こそ笑う薬売りさん。
 私もつられて微笑んだ。

「…はい…」













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2010/11/14