貰ってばかり。
私は、薬売りさんから、貰ってばかり。
お札だとか、差し入れだとか。
私が旅をする理由だとか、守ってくれる事だとか。
人並みに恋をする機会だとか。
色んなものを、貰ってばかり。
だから、私からも何かあげられないかなって。
奉公先からの帰り道、ふらりと立ち寄った菓子司。
定番のお団子や饅頭の他に、所謂京菓子も一緒に並んでいた。
丁寧に細工された練り切りや淡く色づいた羊羹。
目に映るものは全て慎ましくて綺麗。
それなのに凛として存在感があった。
どれもこれも、薬売りさんみたいだと思った。
その中で、私の心を惹きつけたのは、透明な葛が餡を包んだくず玉。
葛がキラキラして、涼しげ。
中の餡は、漉し餡の黒と淡い緑、それに珍しい青もあった。
緑や青が薬売りさんみたいな色彩だなって、思った。
「何かお探しですか?」
声を掛けられて我に返る。
さっきまで別なお客さんの相手をしてた女将さんが、私に向かって微笑みかけている。
「あ…いえ…」
どうしよう。
薬売りさんに何か贈りたいと思って店には入ったけど、絶対に此処で選ぼうと思ったわけでもないし、まして、それほど持ち合わせがあるわけでもない…。
「くず玉をお気に召していただけたようですね」
「…はい」
答えた笑顔はきっと引き攣っていたに違いない。
「どなたかに?」
「…はい。日頃、とてもお世話になっている人に、何かお礼は出来ないかと思って」
「まぁ、それでは選ぶのも大変ですね」
「はい…」
そうだ。
他にも見てみるといって店を出るのもいいかもしれない。
「人に何かを贈る時は、その人のことを考えて考えて、これだと思ったものを贈るのがいいですね。だから、ここで無理に買ってくれとは言いません。ゆっくり考えてくださいね」
何だか、嬉しくなった。
常連でもないし、上客でもないただの町娘にそう言ってくれて。
こんな私でも、薬売りさんを想ってもいいんだと言ってくれているような気がして。
「…大切な人なんです…」
私が小さな声で言うと、女将さんは穏やかな顔で頷いてくれた。
「足手まといになるとも分からないのに、私のことを連れて歩いてくれて」
女将さんに話したって分からない事ばかりが、口を突いて出てくる。
「いつも傍に居てくれて、何かあったときには守ってくれるんです」
「そのお人も、あなたのことを大切に思っているんですね」
ふんわりと微笑みかけてくれる女将さん。
それに釣られて、私も笑ってしまう。
「そうだといいです」
そんなことは有り得ないなんて思っていても、この女将さんの前では言えなかったし、女将さんの前でだけは、そうであって欲しいと思ってしまう。
「この緑のくず玉と、青いくず玉をお願いします」
「まぁ、いいんですよ。もっとよく考えてくださって」
「いいえ、最初からこの二つがいいと思ってたんです。その人の色だったから」
「それじゃあ、今ご用意しますね」
そう言って女将さんは店の奥に消えていった。
薬売りさん、喜んでくれるかな。
あんまり顔に出さない人だから、良く見ておかないといけない。
そんなことを考えながら、店に並ぶお菓子を眺めた。
「お待たせしました」
暫くして、奥から女将さんが戻ってきた。
手に小さな包みを持って。
「十八文になります」
「あ、はい」
慌てて財布を取り出して代金を払う。
さっき少し増えたばかりだって言うのに、もう随分な額を使ってしまった。
でも、これで薬売りさんが喜んでくれれば、それが一番嬉しい。
喜んでくれる保証なんて、何処にもないんだけど…。
「買ってもらってるのにこういうのも何なんですけどね」
包みを受け取った私に、女将さんは少しだけ話しにくそうに切り出した。
「はい…?」
「あくまでも、貴女のそのお方に対する気持ちが第一で、この菓子はただその気持ちに添えるものです」
「あの…」
「だから、きちんと感謝の気持ちを伝えてくださいね。決して、この菓子を主役にしてはいけません」
そんなこと、お店の女将が言っていいのかと思うのだけど。
でも、確かにそう。
自分の気持ちは、ちゃんと自分の口から伝えることが大切なんだ。
高価なものは上げられないけど、私には薬売りさんへの想いがある。
それは、他のどんなものよりも意味のあるもの…
「はい。ありがとうございます」
思わずお礼を言ってしまった私に、女将さんは破顔した。
「お礼を言わなきゃいけないのは、買っていただいたこちらの方なのに…!」
NEXT
昔のお菓子の相場とか金銭の価値、調べてません…
すみません。
2010/11/21