障子の前で一息ついて、心の準備をする。
もう、向こうには薬売りさんがいる。
ちゃんと、言えるかな…?
スラリと障子を引いた。
「ただ今戻りました!」
「お帰り、なさい」
薬売りさんは、ちょうど帳簿を付け終わったらしくて、行李の引き出しを閉めたところだった。
横目でちらりと私を見てから、行李を端に除ける。
「今日は早かったんですね」
「早々に売り切って、しまいましたからね」
私は後ろ手に包みを隠しながら、薬売りさんの向かいに座る。
「お茶でも淹れましょうか?」
「さん」
「はい?」
「何を、隠しているんで」
「バレてますか…」
「隠し事は、よくない」
ぶっ。貴方が言えた義理ですか。
心の中で突っ込んでみた。
「真面目に聞いてくださいね」
「俺はいつだって、真面目、ですよ」
「…そーですね…」
冗談に聞こえない冗談を軽く流して、私は居住まいを正した。
そして包みを自分の膝の前に置いて、そこから薬売りさんの膝の前に両手で静かに滑らせた。
「お礼です。日頃の」
「礼、ですか」
「はい。いつもお世話になってるので、何ていうか…感謝の気持ちです」
面と向かってこういうことを言うのは、とても恥ずかしいのだけど…。
でも、折角のお菓子だから、この際ちゃんと伝えたかった。
感謝の、気持ちを。
「薬売りさんと旅をしてなかったら、知らないままに過ごしてたことが沢山あります」
モノノ怪の存在。
モノノ怪が纏う、人の苦しみや痛み。
恨みや、憎しみ。
人を想う心。
「それに、色々頂いてばかりなので。…ありがとうございます、ということです」
「…ほぅ…」
薬売りさんは目を細めた。
笑ってはいるんだけど、その真意は分からない。
「大したものじゃないんですけど…受け取ってやってくれませんか」
「もちろん、ですよ」
「本当ですか!?」
私が歓喜の声を上げると、薬売りさんはふっと口元を緩めた。
それが、“本当”だという印。
白い手が包みを引き寄せる。
「開けても、いいんで」
「は、はい…」
喜びが一瞬にして緊張に変わる。
私が選んだものを、薬売りさんは喜んでくれるのか、まったく見当がつかない。
薬売りさんは、丁寧に紐を解いて上紙を取る。
そして箱を畳に置くと、両手で静かに蓋を開けた。
「…ほぅ…これは」
中を見た薬売りさんの表情は崩れない。
変わらず口元は緩んでいる。
目が、薬売りさんと箱の中を行き来して、落ち着かない。
「…あれ…?」
ふと、箱の中を見て違和感を覚えた。
「どうか、したんで」
「私、青と緑しか頼まなかったのに…」
身を乗り出して箱の中を覗き込む。
すると、中にはくず玉が四つ収められていた。
私が頼んだ青い餡と緑の餡。
それと、普通の黒い餡と桜色の餡が、それぞれ包まれたもの。
薬売りさんを見上げて首を傾げると、薬売りさんも同じように首を傾げてくれた。
それが少しだけ可笑しかったけど、何も言わないでおいた。
「どうしてでしょう」
「さぁて」
「薬売りさんみたいな色だと思って、この色を選んだんです」
「青と緑、ですか」
「はい。女将さんにもちゃんとそう言って…」
「黒と、桜…」
「う〜ん。…それにお代は二つ分しか払ってません」
女将さん、誰か別な人のお菓子も混ぜてしまったのかも。
いや、老舗の菓子司の女将さんに限ってそんなこと有り得ない。
っていうか、お代…。
「その女将さんは、粋な人、ですね」
「え…? どういうことですか?」
更に首を傾げそうになるのを思いとどまって、薬売りさんの答えを待つ。
けれど薬売りさんは何も言わずに箱に手を伸ばした。
そうして、桜色の餡が包まれたくず玉を手に取る。
“薬売りさんみたいな色”の青でも緑でもなく。
選んだ私の立場というものは、考えてはくれなかったみたい。
それってちょっと凹みます。
「どうですか…?」
くず玉を一口かじった薬売りさんに、恐る恐る聞いてみる。
ゆっくりとその一口を味わってから、薬売りさんは言った。
「とても美味しい、ですよ」
「良かった…」
肩の力が一気に抜けて、背中が丸くなる。
ちゃんと感謝の気持ちを伝えられて、こうして贈り物もできて、薬売りさんにも喜んでもらえて…。
女将さんにも感謝しなくちゃ。
きっと“頑張れ”って、おまけをしてくれたんだと思う。
それに、お店の人としては人に贈るのにお菓子二つじゃ心許なかったんだ。
だから、黒と桜色のくず玉を付けてくれた。
そう思うことにする。
「ところで、どうして桜色を選んだんですか?」
何気ない疑問。
四色あるうち、薬売りさんが桜色を選んだのはどうしてなのか。
「それを聞くのは、野暮ってぇもんですよ」
「え…?」
薬売りさんは、静かに笑っていた。
何が面白いのか、私にはさっぱり分からないのだけど。
とにかく薬売りさんはクツクツと笑った。
「さんも、どうぞ」
「…え、でも」
あげた張本人がいただいてもいいものか…。
「折角の、菓子だ」
「でもこれは薬売りさんに…」
「貰った俺が、いいと言っているんですから。…それに」
「…?」
「一人で食べるより、二人で食べたほうが、美味いと思いますよ」
「そう…ですか…?」
「えぇ」
嬉しい事を言ってくれるじゃないですか。
「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」
「何だったら、青か緑を、どうぞ」
「え…」
いやいや、折角薬売りさんみたいだと思って選んだのに、本人に食べてもらわなくてどうするんですか。
躊躇う私に薬売りさんは言った。
「貴女がこれを食べたいという心の奥の願望も、これを選んだ理由だと、俺は思うんですよ」
「…」
何だか、とても変な含みを持った言葉に聞こえたけど、綺麗で美味しそうだと思ったのは確かで…。
「そうかもしれませんけど…」
渋々青のくず玉を手にとって食べてみる。
「あ…」
おいしい。
くずの滑らかな食感が心地よくて、餡の程よい甘さが口に広がる。
薬売りさんを見ると、目を伏せて満足そうな顔をしている。
「美味い、でしょう?」
「わ、私が買ってきたんですけど」
「いい趣味を、していますね。さすが、俺の助手、といったところで」
「なっ!?」
手柄を持っていかれた気持ちになる言い方。
でも、嬉しい。
薬売りさんに喜んで貰えて。
これで、私の感謝の気持ちは、伝わりましたか?
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手掴み…
スルーしてください。
2010/11/28