幕間第三十巻
〜くず玉・弐〜








 障子の前で一息ついて、心の準備をする。


 もう、向こうには薬売りさんがいる。


 ちゃんと、言えるかな…?


 スラリと障子を引いた。



「ただ今戻りました!」
「お帰り、なさい」

 薬売りさんは、ちょうど帳簿を付け終わったらしくて、行李の引き出しを閉めたところだった。
 横目でちらりと私を見てから、行李を端に除ける。

「今日は早かったんですね」
「早々に売り切って、しまいましたからね」

 私は後ろ手に包みを隠しながら、薬売りさんの向かいに座る。

「お茶でも淹れましょうか?」
さん」
「はい?」
「何を、隠しているんで」
「バレてますか…」
「隠し事は、よくない」

 ぶっ。貴方が言えた義理ですか。
 心の中で突っ込んでみた。

「真面目に聞いてくださいね」
「俺はいつだって、真面目、ですよ」
「…そーですね…」

 冗談に聞こえない冗談を軽く流して、私は居住まいを正した。
 そして包みを自分の膝の前に置いて、そこから薬売りさんの膝の前に両手で静かに滑らせた。


「お礼です。日頃の」
「礼、ですか」
「はい。いつもお世話になってるので、何ていうか…感謝の気持ちです」


 面と向かってこういうことを言うのは、とても恥ずかしいのだけど…。
 でも、折角のお菓子だから、この際ちゃんと伝えたかった。
 感謝の、気持ちを。


「薬売りさんと旅をしてなかったら、知らないままに過ごしてたことが沢山あります」


 モノノ怪の存在。

 モノノ怪が纏う、人の苦しみや痛み。

 恨みや、憎しみ。

 人を想う心。


「それに、色々頂いてばかりなので。…ありがとうございます、ということです」


「…ほぅ…」


 薬売りさんは目を細めた。
 笑ってはいるんだけど、その真意は分からない。


「大したものじゃないんですけど…受け取ってやってくれませんか」


「もちろん、ですよ」


「本当ですか!?」


 私が歓喜の声を上げると、薬売りさんはふっと口元を緩めた。
 それが、“本当”だという印。
 白い手が包みを引き寄せる。


「開けても、いいんで」
「は、はい…」


 喜びが一瞬にして緊張に変わる。
 私が選んだものを、薬売りさんは喜んでくれるのか、まったく見当がつかない。

 薬売りさんは、丁寧に紐を解いて上紙を取る。
 そして箱を畳に置くと、両手で静かに蓋を開けた。




「…ほぅ…これは」



 中を見た薬売りさんの表情は崩れない。
 変わらず口元は緩んでいる。
 目が、薬売りさんと箱の中を行き来して、落ち着かない。


「…あれ…?」


 ふと、箱の中を見て違和感を覚えた。


「どうか、したんで」


「私、青と緑しか頼まなかったのに…」


 身を乗り出して箱の中を覗き込む。
 すると、中にはくず玉が四つ収められていた。

 私が頼んだ青い餡と緑の餡。
 それと、普通の黒い餡と桜色の餡が、それぞれ包まれたもの。

 薬売りさんを見上げて首を傾げると、薬売りさんも同じように首を傾げてくれた。
 それが少しだけ可笑しかったけど、何も言わないでおいた。

「どうしてでしょう」
「さぁて」
「薬売りさんみたいな色だと思って、この色を選んだんです」
「青と緑、ですか」
「はい。女将さんにもちゃんとそう言って…」
「黒と、桜…」
「う〜ん。…それにお代は二つ分しか払ってません」


 女将さん、誰か別な人のお菓子も混ぜてしまったのかも。
 いや、老舗の菓子司の女将さんに限ってそんなこと有り得ない。
 っていうか、お代…。


「その女将さんは、粋な人、ですね」
「え…? どういうことですか?」


 更に首を傾げそうになるのを思いとどまって、薬売りさんの答えを待つ。
 けれど薬売りさんは何も言わずに箱に手を伸ばした。


 そうして、桜色の餡が包まれたくず玉を手に取る。


 “薬売りさんみたいな色”の青でも緑でもなく。
 選んだ私の立場というものは、考えてはくれなかったみたい。
 それってちょっと凹みます。


「どうですか…?」


 くず玉を一口かじった薬売りさんに、恐る恐る聞いてみる。
 ゆっくりとその一口を味わってから、薬売りさんは言った。


「とても美味しい、ですよ」


「良かった…」


 肩の力が一気に抜けて、背中が丸くなる。


 ちゃんと感謝の気持ちを伝えられて、こうして贈り物もできて、薬売りさんにも喜んでもらえて…。


 女将さんにも感謝しなくちゃ。
 きっと“頑張れ”って、おまけをしてくれたんだと思う。


 それに、お店の人としては人に贈るのにお菓子二つじゃ心許なかったんだ。
 だから、黒と桜色のくず玉を付けてくれた。
 そう思うことにする。





「ところで、どうして桜色を選んだんですか?」


 何気ない疑問。
 四色あるうち、薬売りさんが桜色を選んだのはどうしてなのか。


「それを聞くのは、野暮ってぇもんですよ」


「え…?」




 薬売りさんは、静かに笑っていた。
 何が面白いのか、私にはさっぱり分からないのだけど。
 とにかく薬売りさんはクツクツと笑った。


さんも、どうぞ」
「…え、でも」


 あげた張本人がいただいてもいいものか…。


「折角の、菓子だ」
「でもこれは薬売りさんに…」
「貰った俺が、いいと言っているんですから。…それに」
「…?」
「一人で食べるより、二人で食べたほうが、美味いと思いますよ」
「そう…ですか…?」
「えぇ」


 嬉しい事を言ってくれるじゃないですか。


「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」
「何だったら、青か緑を、どうぞ」
「え…」


 いやいや、折角薬売りさんみたいだと思って選んだのに、本人に食べてもらわなくてどうするんですか。
 躊躇う私に薬売りさんは言った。


「貴女がこれを食べたいという心の奥の願望も、これを選んだ理由だと、俺は思うんですよ」


「…」


 何だか、とても変な含みを持った言葉に聞こえたけど、綺麗で美味しそうだと思ったのは確かで…。


「そうかもしれませんけど…」


 渋々青のくず玉を手にとって食べてみる。


「あ…」


 おいしい。
 くずの滑らかな食感が心地よくて、餡の程よい甘さが口に広がる。


 薬売りさんを見ると、目を伏せて満足そうな顔をしている。


「美味い、でしょう?」
「わ、私が買ってきたんですけど」
「いい趣味を、していますね。さすが、俺の助手、といったところで」
「なっ!?」


 手柄を持っていかれた気持ちになる言い方。
 でも、嬉しい。
 薬売りさんに喜んで貰えて。




 これで、私の感謝の気持ちは、伝わりましたか?













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手掴み…
スルーしてください。

2010/11/28