幕間第三十一巻
〜結び紐・壱〜







 帯締めや飾り紐。
 女物の商品が並ぶその店の中に、男が一人。


 組紐をじっと見つめているその男は、酷く目立っている。
 店の者も客も、ちらりと男を盗み見ている。


「ちょいと、すみませんが」
「は、はい」


 不意に店の者に声を掛けた男。
 その特徴のある話し方に、店に居た者たちは息を呑んだ。


「これを作った職人は、この辺に、住んでいるんで」
「え、えぇ。町外れの工房に」
「場所を、教えてくれませんか」





 男が去った店では、一斉に悩ましげな溜め息が零れた。













 町から少し離れたところに、一軒の小さな萱葺きの家があった。
 その家の前に、男は立っている。
 家の中からは、カラン、カランと小気味いい音が規則的に聞こえてくる。

 その音が止むのを待って、男は声をあげた。


「ちょいと、すみませんが」


 いくらか間を置いて、中から足音が聞こえてきた。


「どちら様でしょう?」


 ガタっと大きな音を立てて戸が開く。
 中から姿を現したのは、少々華奢な、けれどいかにも好青年といった風の男だった。

 青年は訪ねて来た男の風体に驚いたように目を丸くする。

「あんたが、組紐師で」
「あぁ、はい。まだ駆け出しですが」
「注文を、受けてはくれませんかね」
「注文?」


 青年は突然訪ねて来た男を訝しんだ。













「私は愁作と申します。まだまだ駆け出しの組紐師でございます。あなたは?」
「俺は、ただの薬売り、ですよ」


 名乗らない薬売りの態度に、愁作は苦笑いを浮かべる。
 囲炉裏端の隣り合った二辺に座る二人。
 部屋の隅には紐を編むための角台や材料の糸が置いてある。


「それで、注文というのは」
「女物の髪紐、ですよ」
「それなら、店の方に置いていたと思うのですが」
「これを編みこんで、作ってもらいたいんですよ」


 薬売りが取り出したのは、いつもモノノ怪退治に使う札だった。
 今はモノノ怪がいないため、真っ白な状態になっている。


「これは?」
「仕事用の札、てぇところ、ですかね」
「編みこむと言われても」
「これを細く縒って、所々に」
「出来ないことはないですが、普段受けている注文ではないので、お時間とお代は余計にいただきますが」
「構いませんよ」


 薬売りは何ら問題にもしない。
 愁作はふぅと軽く嘆息してから、小さく笑った。


「急な注文ですが、お受けいたします。見たところ旅のお方のようなので、早速始めさせていただきます」
「それは、ありがたい」


 愁作は立ち上がって、いくつかの糸の束を持ってくる。


「ご希望の色は?」
「そう、ですね」


 薬売りの目が、束の上を行き来する。
 そうして、しばし考える。


「これと、これで」
「承りました」


 愁作は薬売りが選んだ色の糸だけを残して、他は片付けた。


「女物の髪紐ですよね。どなたかに?」
「まぁ」
「その方の髪はどのような具合ですか?」
「色は漆黒。絹糸のように細く滑らかで、とても、綺麗な髪を、しています」
「それは一度見てみたいものです」


 愁作が笑うと、薬売りもふっと笑みを漏らした。
 その笑みで、愁作は“あぁそうか”と思い至る。


「では、二日ほどお時間をいただきます」
「お願い、します」











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短い話を分割してみる…

2010/12/12