帯締めや飾り紐。
女物の商品が並ぶその店の中に、男が一人。
組紐をじっと見つめているその男は、酷く目立っている。
店の者も客も、ちらりと男を盗み見ている。
「ちょいと、すみませんが」
「は、はい」
不意に店の者に声を掛けた男。
その特徴のある話し方に、店に居た者たちは息を呑んだ。
「これを作った職人は、この辺に、住んでいるんで」
「え、えぇ。町外れの工房に」
「場所を、教えてくれませんか」
男が去った店では、一斉に悩ましげな溜め息が零れた。
町から少し離れたところに、一軒の小さな萱葺きの家があった。
その家の前に、男は立っている。
家の中からは、カラン、カランと小気味いい音が規則的に聞こえてくる。
その音が止むのを待って、男は声をあげた。
「ちょいと、すみませんが」
いくらか間を置いて、中から足音が聞こえてきた。
「どちら様でしょう?」
ガタっと大きな音を立てて戸が開く。
中から姿を現したのは、少々華奢な、けれどいかにも好青年といった風の男だった。
青年は訪ねて来た男の風体に驚いたように目を丸くする。
「あんたが、組紐師で」
「あぁ、はい。まだ駆け出しですが」
「注文を、受けてはくれませんかね」
「注文?」
青年は突然訪ねて来た男を訝しんだ。
「私は愁作と申します。まだまだ駆け出しの組紐師でございます。あなたは?」
「俺は、ただの薬売り、ですよ」
名乗らない薬売りの態度に、愁作は苦笑いを浮かべる。
囲炉裏端の隣り合った二辺に座る二人。
部屋の隅には紐を編むための角台や材料の糸が置いてある。
「それで、注文というのは」
「女物の髪紐、ですよ」
「それなら、店の方に置いていたと思うのですが」
「これを編みこんで、作ってもらいたいんですよ」
薬売りが取り出したのは、いつもモノノ怪退治に使う札だった。
今はモノノ怪がいないため、真っ白な状態になっている。
「これは?」
「仕事用の札、てぇところ、ですかね」
「編みこむと言われても」
「これを細く縒って、所々に」
「出来ないことはないですが、普段受けている注文ではないので、お時間とお代は余計にいただきますが」
「構いませんよ」
薬売りは何ら問題にもしない。
愁作はふぅと軽く嘆息してから、小さく笑った。
「急な注文ですが、お受けいたします。見たところ旅のお方のようなので、早速始めさせていただきます」
「それは、ありがたい」
愁作は立ち上がって、いくつかの糸の束を持ってくる。
「ご希望の色は?」
「そう、ですね」
薬売りの目が、束の上を行き来する。
そうして、しばし考える。
「これと、これで」
「承りました」
愁作は薬売りが選んだ色の糸だけを残して、他は片付けた。
「女物の髪紐ですよね。どなたかに?」
「まぁ」
「その方の髪はどのような具合ですか?」
「色は漆黒。絹糸のように細く滑らかで、とても、綺麗な髪を、しています」
「それは一度見てみたいものです」
愁作が笑うと、薬売りもふっと笑みを漏らした。
その笑みで、愁作は“あぁそうか”と思い至る。
「では、二日ほどお時間をいただきます」
「お願い、します」
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短い話を分割してみる…
2010/12/12