この町に来て三日目。
うだるような残暑が続いている。
何故この町に何日も滞在しているかというと、この暑さのせいで中暑になる人が多くて、更に、夜は夜で急に涼しくなるものだから、その落差で余計に参る人が出て、少しでも医術の心得がある人が必要だと言われたのだ。
つまり、“ただの薬売り”のはずの薬売りさんまでも借り出されてしまったという訳。
医術の心得があるのかは良く分からないけれど、薬のことなら頼れるのは確かだから、仕方ないといえば仕方ない。
私はというと、小さな甘味処で給仕の仕事を貰った。
これもやっぱり元々の給仕の娘さんが中暑で倒れてしまったとかで、その穴を埋めるために雇ってもらったのだ。
この甘味処は日暮れと同時に店を閉めてしまう。
宿に帰ると、長い時間を一人で過ごさなきゃいけない。
何故なら、薬売りさんは中暑の対応に追われて、宿に戻ることがないのだ。
二人部屋の意味がない。
誰も居ない店の中、はぁ、と溜め息をつく。
この暑さで、通りの人出は少ない。
お陰で、あまり客の入りはよくない。
「ちゃん、そこに四人分の茣蓙を敷いといてくれるかい?」
店の奥から女将さんが顔を出した。
いかにも美人という人で、この甘味処を一人で切り盛りしている。
甘味処よりも宿屋か居酒屋をしていても可笑しくないような、そんな雰囲気も併せ持っている。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
「常連の娘さん方だよ。五日に一度茶会をするって集まるのさ」
そう言って女将さんは奥へ戻っていってしまった。
私は言われたとおりに茣蓙を調える。
店の一番奥、角のお座敷。四人には少し狭そうだけど、他の席からは隔離されたように見え辛い位置にある。
「こんにちは〜」
明るい声がして、私は応対に向かう。
「いらっしゃいませ」
見れば、女将さんが言っていたらしい四人の娘さんが立っていた。
「あれ? 今日は千代さんじゃないんですか?」
「中暑で倒れてしまったので、代わりに私が。と申します」
「え? 大丈夫なんですか?」
「この暑さだものね」
何だか凄く賑やかになった。
これが本当の年頃の娘さんというものなんだろうか。
「大したことはないらしいわ、すぐに良くなるって。いつものでいい?」
再び女将さんが姿を現した。
この賑やかさにはすっかり慣れているみたい。
「ううん、今日は流石に暑くてダメです。お水ください」
「はいはい。ちゃん」
「はい」
言われて私は厨房へ向かった。
娘さんたちは、奥の座敷に座って何やらわいわいと話しだした。
何の話をしているのか、きゃらきゃらと笑い声が尽きない。
相変わらず、他にお客さんが来る気配はない。
こんなんで、お給金なんて貰っていいんだろうか…。
「ねぇ、さんも一緒にどうですか?」
「え?」
突然話しかけられた。
仕事中だし、何て答えたらいいのか迷っていると、女将さんが奥から出てきた。
「客も来る気配ないし、半分店閉めて今日は女子の日にしようか」
「女子って、女将さんもですか?」
娘さんの一人が笑顔で言った。
「アタシの何処が男なのさ」
それに女将さんも笑顔で答えた。
女将さんは暖簾を閉まった。
けれど、店の明かりは落とさず、貸切の状態にしてある。
「女将さん、七軒町のお佐紀さんって知ってます?」
「何度かここに来た事があるね」
「隣町の大店の若旦那に見初められたんですって」
「へぇ」
「何でも、歌舞伎を見に行って、そこで出会ったらしいんです」
「素敵ですよね〜」
多分きっと、この子たちには“大店の若旦那”“見初められた”“歌舞伎”なんて言葉が、とても眩しいものなんだと思う。
「ひと目会って“嫁に来い”なんて言われたら、私迷わず行きます」
夢を見るようなとろんだ瞳で、明後日の方を見ている。
「相手がどんなでも?」
すぐにそんな声が飛んでくる。
「え〜っと」
「私は吉田長屋の仙吉さんくらいまでなら…」
「えー!???」
他の三人が見事に揃えて不満そうな声を上げた。
「顔よ、顔!!」
「何それ、酷いこと言うわね」
女将さんは苦笑いをしながらも、楽しそうにしている。
「あ、でも、さっき凄く綺麗な人見たんですよ」
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特に何ということはありません。
2011/5/22