幕間第四十一巻
〜女子会・弐〜






 綺麗な人。
 何だか引っかかる。


「綺麗な人? 男の話かい?」
「そうなの。凄く妖しくて綺麗!!」


 妖しい。
 凄く引っかかる。


「診療所の前に居たから、津田先生のお知り合いかなと思って」
「とにかく不思議な空気だったんですよ」
「この世のものとは思えない綺麗さで」


 それって。


「遠目に見ただけだけど、ふわっとした髪に、青い着物が爽やかで」
「そうそう、背筋が伸びて」
「しなやかだったよね」
「この日差しなのに色も白かったし」


 あぁ、もう、それは確実に薬売りさんだ。
 何だか聞いてはいけないような気がして、変な苦笑いになってしまう。
 知り合いだと言った方がいいだろうか。


「この辺じゃあ見ない顔かい?」
「はい。目立つから絶対知らないわけないです」
「いくつくらいなんだろう?」
「二十代半ばって所じゃない?」
「三十路は行ってないよね」
「何やってる人なんだろう?」

 薬売りだと分からないってことは、行李は背負ってなかったってこと?
 診療所の前に荷物を持たないで居たって事は、今日も戻らないのかもしれない。

 今夜も独りだ。

 こんなに賑やかだから、きっと今夜の寂しさは一入かもしれない。
 もう、何日分も話したいことが溜まってしまっているのに。

「診療所の前にいたんなら、医術に関わりがあるのかも」
「あんな派手な人、医者なわけないでしょ」
「単に診療所に知り合いが居ただけかもよ? 患者さんの身内とか」
「それよりも気にならない??」
「何が?」
「恋人がいるかいないか」


 やっぱり、年頃の娘が集まると、自然とこういう話になるもので。
 何だか、知り合いだとか、実は一緒に旅をしてるとか、一切の事を言い出す機会を失ってしまった。


「いない方がおかしいわよ」
「え、でもほら、結構遊んでたりとか」
「有り得ないことではないねぇ」
「女将さん! 夢を壊さないで下さい」
「何言ってんだい」
「きっと、何処か遠くの地に素敵なお内儀がいて」
「何で遠くなの?」
「だって、その方が二人の絆が…」


 凄いなぁと、本当に思う。
 姿を見ただけの人に、ここまでの想像が出来るなんて。
 こんなに明るくて賑やかで、それでいて町娘らしい会話に、私は付いていけない。
 聞いているフリをして、窓の外を見た。

 もう、すっかり日が落ちてしまった。
 薬売りさんはまだ診療所だろうか。


「ねぇ、さんはどう思う?」
「え!?」

 唐突に話を振られて、変な声が出てしまった。

「その不思議な人、どんな人だと思う?」
「えっと、急にそんなこと聞かれても」
「何やってる人だと思う?」
「…え、何かの行商とか」
「どうしてそう思うの?」
「この辺じゃ、見たことないんですよね。だから、旅をしてる人かと」
「旅をしてる人なら、やっぱり遠くにお内儀よね?? それで二人の絆は強いんでしょう?」
「そ、そこまでは…」
「こら、ちゃん困ってるじゃないの」
「だって気になる」


 女将さんの一言で私への質問は途絶えたけれど、この子たちの興味が削がれることはないと思う。
 だって、傍から見たら本当に不思議な人だから。
 薬売りさんだけじゃない。
 この子達にとっては、自分以外の全ての人が興味の対象なのかもしれない。
 だから、いつも笑顔で、華やいでいるんだ。


「ほら、そろそろお帰りよ。日が暮れてるじゃないの」


 女将さんはそう言うと立ち上がって、娘さん達を帰途に促す。
 私も片付けを始めようと、立ち上がって下駄に足を通した。




 ちょうどその時、店の戸が乾いた音を立てた。




「ちょいと、すみませんが」




 聞きなれた声がすると、見慣れた姿がそこにはあった。




 きゃあ、と驚く娘さん達の声が聞こえた。




 私は遠慮がちに薬売りさんに駆け寄った。
 薬売りさんの顔をまともに見るのは久しぶりだ。
 少しやつれて、顔色もあまり良いとは言えない。


「やはり、ここ、でしたか」
「薬売りさん…、どうしてここに?」
「宿の人に、まだ帰らないと、聞いたもんで」
「患者さんたちは大丈夫なんですか?」
「三日も碌に寝ていないと、流石にこちらが、持ちませんよ」
「だったら宿で休んでいてください。私ももう帰るところだったんですから」


 あまり会話を聞かれたくなくて、声が小さくなる。


「そりゃあ、そう、なんですがね」


ちゃん」


 後ろから声を掛けられて、慌てて振り返る。
 女将さんは晴れやかな顔で笑っているけど、娘さん達は目を丸くしている。

 私と薬売りさんが知り合いということは、そんなに驚く事なんだろうか。

「今日はもういから、その人と一緒にお帰りよ」
「でも」
「折角迎えに来てくれたんじゃないか」
「…」
「それじゃあ、お言葉に、甘えて」
 私の代わりに、薬売りさんが答えた。
「薬売りさん!」
さんが、お世話になって、いるようで」
 薬売りさんは軽く頭を下げる。
「いいえ、そんなこと。助かってますよ」
「それでは」
 薬売りさんは踵を返して戸へ向かう。
 私は慌てて女将さんと、それからやっぱり驚いた顔の娘さん達にも頭を下げて、薬売りさんの後を追った。

「また明日、宜しくね」
「はい。失礼します」

 店を出た後聞こえてきたのは、悲鳴にも似た娘さん達の声だった。








 きっと明日は、質問攻めになるんだ。
 溜め息を吐きそうになるのを、押し留める。
 折角、薬売りさんが迎えに来てくれたんだから。


 ゆっくりとした歩調で、薬売りさんは歩く。
 その斜め後ろに、私は続く。
 店の外は、まだ昼間の熱気が残っている。


「疲れてるのに、すみません」
「俺が勝手に、したこと、ですから」

 薬売りさんは足を止めて、横に並ぶように目で示す。
 隣に行くと、またゆっくりと歩き始めた。

「随分と、楽しそう、でしたね」
「え?」
「娘さん方と」
「そうですか?」
「どうやら俺には、何処かに妻が、いるらしい」
「聞いてたんですか!?」
「少しだけ、ですよ」

 見上げると、薬売りさんの方が楽しそうだ。

「強い絆で結ばれてるんですか?」
「そうだと、いいんですがね」

 何だかまるで、本当にいるみたい。
 そういえば、聞いたことがないから、もしかするともしかするのかもしれない。
 念のために確かめてみる。

「…まさか本当にいるんですか…」
「何を、言っているんだか」

 クスリと、鼻で笑われてしまった。

「時に、さん」
「はい」
「身体の調子は、どうですか」
「至って元気です。この前みたいなことには二度となりません」
「そりゃあ、何より」
「私より薬売りさんです。三日も働きづめじゃないですか。柄にもない」

 薬売りさんが商売にもならないことや、他人のために何かをするなんて、本当に珍しくて、少し驚いている。
 けれど、自分の身体を心配して欲しい。

「柄にもない、ですか」
「そうです」
「大丈夫、明日は昼まで、寝ていますよ」
「残念ですけど、私は居ませんよ。あの女将さんや娘さん達に、きっと質問攻めにされるんですから」
「そりゃあ、大変そうだ」
「誰の所為だと思ってるんですか」

 薬売りさんは楽しそうに口角を上げた。

「どうせなら、いつものように、“フリ”をしてみたら、どうですか」
「どうしてわざわざ。あの娘さんたちはきっと言い寄ってきたりしないと思いますけど」
「楽しそうじゃ、ないですか」
「えぇ?」
さんが、更に質問攻めにされるのが」
「何ですか、それ!?」

 他人事だと思って。
 この人は、本当に人を困らせるのが好きなんだ。
 口を尖らせて抗議すると楽しそうに笑う。そういう人だ。















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ただ長いだけです。

2011/5/29