幕間第四十三巻
〜幸福論・壱〜





 いつものようにぼんやり、川を眺めていた。
 川辺の短い草の上に腰を下ろして。
 夕日に染まって真っ赤になった水の流れが、嫌なことを思い出させる。


 死ぬ間際に見た、自分の血の色だ。


 アタシは男に刺されて、死んだ。


 死んだと思って、真っ暗になって、真っ白になって、気が付いたらこの川辺に立っていた。
 それからずっと、ここにいる。


 別にこの世に思い残すことがあった訳じゃない。
 死ぬんだと思ったら、妙にすんなり受け入れられた。


 でも、アタシは今、ここにいる。


 そしてまた、いつものように、ここにいる理由を探している。
 夕暮れと同時に意識が覚醒して、日が昇ると意識が遠のいていく。
 アタシの意識は、お天道様に左右されるのだと、暫く経ってから気付いた。

 まぁ、一日中ここでぼんやりしてるよりはマシだと思うけど。


 そんな事を考えていたら、何だか視線を感じて、土手の方に目を向けてみた。
 見れば、娘さんが立っていた。
 無駄に可愛げのある顔で、華奢。
 漆黒の長い髪は、夕日を浴びてキラキラしている。

 不思議そうな顔をして、アタシを見ているみたいだ。
 すぐに目が合った。

 その娘さんはゆっくりと土手を下りてきて、アタシに近付いてきた。
 十歩分くらい間を空けて立ち止まって、それから躊躇いがちに距離を詰めてくる。
 口元をほんの僅かに緩ませて微笑んだ。
 それだけで、綺麗な人だと思った。
 そうしてアタシの隣に、静かに腰を下ろした。





「貴女、アタシのこと見えるの?」
「はい」

「声も聞こえるの?」
「一応」

「アタシが何か分かってるの?」
「分かってるつもりです…」

「アタシ、生きてないんだけど」
「知ってます。私には、見えるし、聞こえます」


 そんな人に会ったのは初めてだったから、正直驚いた。
 それって幽霊が見えるってことだ。
 本当に見える人がいるなんて、思わなかった。

 生きていた時だったら、幽霊が見えるなんて絶対に信じなかった。
 そんなの、誰も見えないことをいいことに、人を騙してるんだと。
 でも、今現在アタシは死んでいて、明らかに幽霊で、この人はアタシを見ている。


 だから、この人は、本当に見えるんだ。

 そして、話せるんだ。



「あの、貴女はどうしてここに?」
「え?」


「ここで何をしてるんですか?」
「…分からないわ。気が付いたらここにいたから」


「よければ、聞かせてもらってもいいですか?」
「何を?」


「あの…、貴女が亡くなったときの事」




 何て不躾な質問だろう。
 誰が好き好んで自分が死んだときの話をするのよ。
 いや、死人にくちなし、話す機会なんて絶対に無い。
 もし話したくても、聞いてくれる人なんていない。
 幽霊同士で語り合うなんて事も、聞いたことが無いし、今まで遭遇したことも無い。


 でも考えてみたら…
 これって、ちょっと面白い?


「いいわ。…アタシは、結構大きな呉服屋の娘だったの」













NEXT













2011/6/19