幕間第四十四巻








 すれ違った二人が、とても幸せそうで―。




 本当の恋人って、あんな感じなんだって…





 薬売りさんは、私のことをどう思ってるんだろう。






 そんなことが頭を過ぎった。










〜奥・壱〜








 その二人は恋人なのか夫婦なのか。
 とにかく労わりあうように寄り添って、幸せそうに微笑んでいた。


 それが、とても、眩しく見えた。




 左斜め前を行く、薬売りさんを見た。




 私達は、周りからどう思われてるんだろう。
 薬売りさんは、どう思っているんだろう。


 そんなこと、考えるべきじゃないって分かってる。




 厄介事にならないよう、恋人のフリをすることもある。
 だから、薬売りさんは、私とそんなふうに思われても構わないっていうこと。
 気にならないっていうこと。

 それは、私にとっては残酷な事だけれど。

 薬売りさんは、私の力が必要だと言ってくれた。
 けれどそれは、“私”が必要なんじゃないとも取れる。
 私のような力があれば、“私”じゃなくてもいいということ。

 それも、私にとっては残酷な事。




 傍にいられればそれでいいと、思っていたのに。
 一緒に旅をして、薬売りさんがモノノ怪を斬って、私がその想いを受け止めて、そんな毎日がいいと思っていたのに。


 それだけじゃあ、足りなくて。


 確かなものが欲しいと、思ってしまった。


 私でいい、確かなもの―理由が。







 胸の痛みに俯いていると、視界に影が射した。
「…?」
 見上げれば、知らない男の人が立っていた。
「どうしたんだい、娘さん? 気分でも悪いのかい」
 心配そうな顔をして、私の顔を覗きこんでくる。
 力仕事をしているらしい大柄な人だ。
「いいえ、何でもないんです」
 言いながら、薬売りさんの姿を探す。
「ご亭主なら、そこの店に入っていったぜ」
 ご亭主。
 そんな言葉も、今の私には痛みにしかならない。
「まったく、こんな別嬪の嫁さんほっとくなんて、罰当たりだな」
「そんなこと…」
 力なく笑って、否定するでも肯定するでもない。
「ま、夫婦の間にゃ色々あるだろうが、お幸せにな」
 そう軽口をたたいて、男の人は去って行った。


「夫婦じゃないから、色々はなんですよ」


 私は、その背中を見送りながら小さく呟いた。


 恋人ですらない。
 ただ、薬売りとその助手で、守る側と守られる側。


「ただ…それだけだもの」


 胸の奥が、重かった。


「今のは…」


 気付けば、薬売りさんがそこにいて、こちらを見ていた。
 何故だか、胡乱げな目つき。

「…通りすがりの人です。薬売りさんがそこに入ったって教えてくれて」
「そう、ですか」
「はい」
「それで…?」
「え?」
「彼は、何と」
「だから、薬売りさんがそこに」

 詰問されているよう。
 少しだけ、薬売りさんが恐い。

「他にも、何か話していませんでしたか」
「え? …世間話、ですけど」
「世間話」


 胸の痛みと一緒に、膨らんでいく苛立ちと焦り。
 私は、ただの助手で、本当は何でもなくて、庇護されるだけの…そんな…




「薬売りさんが罰当たりって話です」




 強い口調とは裏腹に、顔だけは笑顔を作って見せた。


「俺が…」
「はい」
「何故」
「あの人が言うには、私みたいな別嬪の嫁さんを放っとくかららしいです」
「別嬪の、嫁さん」
「“別嬪”はあの人が言った事ですから」

 薬売りさんは、黙り込んでしまった。

「夫婦の間には色々あるだろうけど、お幸せに、って」

 少しだけ、嫌味に聞こえるかもしれない。
 嫌味に聞こえて欲しい。
 けれど、薬売りさんの反応は薄い。

「最近は周りが勝手にそう思い込んでくれて、説明する手間が省けて楽ですね」

 とりあえず一緒に居れば勝手にそう思い込んでくれて、面倒に巻き込まれることもめっきり少なくなった。


「夫婦ではないから、色々はない、と?」
「え?」
「ただの連れ、それだけだ、と?」
「あの…」

 聞いていたの?
 私の独り言を?
 もしかして、それだけじゃなく、あの男の人との会話も?

 混乱している間に、薬売りさんは歩き出してしまった。

「薬売りさん…っ」
「直に日が暮れます。宿へ、急ぎましょう」















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2011/7/10