すれ違った二人が、とても幸せそうで―。
本当の恋人って、あんな感じなんだって…
薬売りさんは、私のことをどう思ってるんだろう。
そんなことが頭を過ぎった。
その二人は恋人なのか夫婦なのか。
とにかく労わりあうように寄り添って、幸せそうに微笑んでいた。
それが、とても、眩しく見えた。
左斜め前を行く、薬売りさんを見た。
私達は、周りからどう思われてるんだろう。
薬売りさんは、どう思っているんだろう。
そんなこと、考えるべきじゃないって分かってる。
厄介事にならないよう、恋人のフリをすることもある。
だから、薬売りさんは、私とそんなふうに思われても構わないっていうこと。
気にならないっていうこと。
それは、私にとっては残酷な事だけれど。
薬売りさんは、私の力が必要だと言ってくれた。
けれどそれは、“私”が必要なんじゃないとも取れる。
私のような力があれば、“私”じゃなくてもいいということ。
それも、私にとっては残酷な事。
傍にいられればそれでいいと、思っていたのに。
一緒に旅をして、薬売りさんがモノノ怪を斬って、私がその想いを受け止めて、そんな毎日がいいと思っていたのに。
それだけじゃあ、足りなくて。
確かなものが欲しいと、思ってしまった。
私でいい、確かなもの―理由が。
胸の痛みに俯いていると、視界に影が射した。
「…?」
見上げれば、知らない男の人が立っていた。
「どうしたんだい、娘さん? 気分でも悪いのかい」
心配そうな顔をして、私の顔を覗きこんでくる。
力仕事をしているらしい大柄な人だ。
「いいえ、何でもないんです」
言いながら、薬売りさんの姿を探す。
「ご亭主なら、そこの店に入っていったぜ」
ご亭主。
そんな言葉も、今の私には痛みにしかならない。
「まったく、こんな別嬪の嫁さんほっとくなんて、罰当たりだな」
「そんなこと…」
力なく笑って、否定するでも肯定するでもない。
「ま、夫婦の間にゃ色々あるだろうが、お幸せにな」
そう軽口をたたいて、男の人は去って行った。
「夫婦じゃないから、色々はなんですよ」
私は、その背中を見送りながら小さく呟いた。
恋人ですらない。
ただ、薬売りとその助手で、守る側と守られる側。
「ただ…それだけだもの」
胸の奥が、重かった。
「今のは…」
気付けば、薬売りさんがそこにいて、こちらを見ていた。
何故だか、胡乱げな目つき。
「…通りすがりの人です。薬売りさんがそこに入ったって教えてくれて」
「そう、ですか」
「はい」
「それで…?」
「え?」
「彼は、何と」
「だから、薬売りさんがそこに」
詰問されているよう。
少しだけ、薬売りさんが恐い。
「他にも、何か話していませんでしたか」
「え? …世間話、ですけど」
「世間話」
胸の痛みと一緒に、膨らんでいく苛立ちと焦り。
私は、ただの助手で、本当は何でもなくて、庇護されるだけの…そんな…
「薬売りさんが罰当たりって話です」
強い口調とは裏腹に、顔だけは笑顔を作って見せた。
「俺が…」
「はい」
「何故」
「あの人が言うには、私みたいな別嬪の嫁さんを放っとくかららしいです」
「別嬪の、嫁さん」
「“別嬪”はあの人が言った事ですから」
薬売りさんは、黙り込んでしまった。
「夫婦の間には色々あるだろうけど、お幸せに、って」
少しだけ、嫌味に聞こえるかもしれない。
嫌味に聞こえて欲しい。
けれど、薬売りさんの反応は薄い。
「最近は周りが勝手にそう思い込んでくれて、説明する手間が省けて楽ですね」
とりあえず一緒に居れば勝手にそう思い込んでくれて、面倒に巻き込まれることもめっきり少なくなった。
「夫婦ではないから、色々はない、と?」
「え?」
「ただの連れ、それだけだ、と?」
「あの…」
聞いていたの?
私の独り言を?
もしかして、それだけじゃなく、あの男の人との会話も?
混乱している間に、薬売りさんは歩き出してしまった。
「薬売りさん…っ」
「直に日が暮れます。宿へ、急ぎましょう」
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2011/7/10