幕間第五十三巻
〜ばか・壱〜





 とある町外れの森の中。
 小さな祠のある開けた場所。

 薬売りの姿はそこにあった。

 行李を下ろすと、大きな石に腰を掛け一息つく。
 その日の商売を大方終らせて、町に戻る途中だった。
 傾きかけた日が、鮮やかに辺りを照らしている。

 それを見つめながら考えた。
 が、自分自身の身を守る方法。

 彼女は、声にばかり集中して、ある意味とても無防備だ。
 声に気を取られていて、モノノ怪に対して何の抵抗力もない。
 声だけでなく、モノノ怪自体に集中すれば、モノノ怪もに手を出す事は容易ではなくなるはず。

 そうは言っても、実践ですぐに出来るとは思えない。
 何か、訓練が出来ないものか。

 はぁ、と珍しい溜め息をつく。



「で、アンタはそこで、何を」



 姿勢を崩さず、薬売りは突然に声を上げた。



“うぉっ!? お前、俺が分かるのか!?”



 薬売りのすぐ隣に、男が立っていた。
 派手な雌黄の着物を着た町人体の若い男。

「これだけ、近くで見られてちゃあ」
“いや、すまねぇ! 悪気はねぇんだ”

 頭を掻きながら謝る男を、薬売りは胡乱げな目で見てやった。

“まさか俺の事見える奴がいるなんてな。驚いたぜ”
「アンタ、自分が何者か解っているんで」
“もちろん! 俺は死人だ! 幽霊だ!!”

 自慢する事じゃない、と薬売りは密に思った。
 けれど、自分が死んでいると解かっているなら、性質の悪い輩ではないらしい。

“なぁ、俺は荘太ってんだ。お前は?”
「ただの、薬売り、ですよ」
“そうは見えねぇな。ま、いいけどな”

 死んでいるのに明るく話す男に、薬売りは若干の違和感を覚えた。

「アンタ、此処で何を、しているんで」
“分からねぇ。死んだと思ったら、此処にいた”
「此処に、何かあるんで」
“いや、覚えてねぇんだ。あんま思い出せなくてな”
「この世に留まるには、それなりの理由ってもんが、あるはずですぜ」
“そうだな…”

 荘太は考え込んだ。

“ここに来てから色々考えて、思い出したことがある。死ぬ間際に、あいつ…紗菜の顔が浮かんできたんだ”
「紗菜、さん」
“幼馴染だ。喧嘩別れした。多分、それだ”


 静かな声で、荘太は言った。


“紗菜が今、どうしてるか知りてぇかな…”





 薬売りは、暫くの間沈黙した。




 どんどん太陽が傾いていく。




「アンタ、このままでいたら、どうなるか、分かっているんで」



 その問いに、荘太も沈黙する。



“何となく、ヤバイのは解ってる。感覚的に”




 それまで、並んで話していたが、突然荘太が薬売りに向き直った。



“頼まれてくれねぇか”

「…」

“紗菜が今どうしてるのか知りてぇ”

「…」

“会いたいなんて言わねぇから。せめて、息災かどうかだけでも!”



 再び、薬売りは沈黙する。



“ここで会ったのも、何かの縁だろ”



「では、交換条件ってぇことで」


“交換条件??”














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とても長い幕間の始まりです。
だらだら続きますが、あしからず。


2012/5/20