幕間第五十三巻
〜ばか・弐〜




 暮れかかった町の中を、は一人歩いていた。
 奉公先から宿へ戻る途中だ。

 薬売りは町外れまで足を伸ばすと言っていたから、今日は遅くなるかもしれない。
 少し残念だけれど、たまには一人で過ごすのも悪くはない。

 そんな事を考えながら、路地へ入った。

 けれど、そこは見慣れない風景。
 路地の先にお地蔵様が佇んで、その背には数本の風車がカラカラと回っていた。
 本来なら、生垣が茂っているはずだった。
 曲がる所を間違えたのだと気付いて、踵を返そうとした。


 けれど、ふと、気になってしまった。


 地蔵ではなく、その右隣にある木の傍にしゃがみ込んで、手を合わせている娘が。


 その足元には、どこかで摘んできたのか小さな花が供えてある。
 じっと祈り続けるその姿は、他の何も寄せ付けない儚さがあった。
 時が止まったようなその様子に、は暫く見入ってしまった。

 手を解いて立ち上がった娘と目が合ったのは言うまでもない。

「!?」

 その瞬間、何かが聞こえたような気がした。

「…あの、何か?」
「え…っと」

 不審者以外の何者でもないに、もちろん娘は声をかけた。
 訝しげにを見る。

“な…”

 どう答えようか考えていると、また、何かが聞こえてきた。

「見ない人ですね」
「あ、はい、旅の者です。宿に戻る途中で道を間違えてしまって、そしたら貴女が手を合わせていたので、どうしようかと…」
「まぁ、ごめんなさい。気を遣わせてしまいましたね。あまり人の来ない所だから、周りのことも考えずに…」

 目を丸くした娘は、先ほどの儚さなど微塵も感じないほど明るく話した。

「差し出がましいですけど、ここでどなたかお亡くなりになったんですか?」
「えぇ、幼馴染が」
「そうですか…」
「どちらまでお帰りに?」
「庫裏通りの堀川屋さんです」
「だったら、私も通り道です。一緒にどうです? ご案内しますよ」

 にっこりと笑った娘。
 には断る理由が見つからなかった。




「私も、この町に戻ったのは六年ぶりですけど、随分と様変わりしていて初めはよく迷いました」
 道すがら、何でもないようなことを話す。
「何処かへ行っていたんですか?」
「はい。十二まで此処で育って、父が亡くなってからは母の実家のある隣町へ」
「そうなんですか」
「この町に奉公先を紹介してもらって、戻って三月ほどです」
 初対面のに、衒いなく話す娘。
 娘の口からは語られないが、これまでの苦労は大きかっただろう。
 も、父親が居ない事がどれほど大変か、分かっている。
 けれど、無理に明るく振舞おうとしている風ではない。彼女の明るさは生来のものだろう。
 そんな事も含め、は娘に好感を持った。

「やっと会えるって思ってたのに、あのザマなんですよ」

 同じ声色で話すものだから、は一瞬何のことだか分からなかった。

「あ…」

 さっきの幼馴染の事なのだろう。

「性質の悪い連中とつるんで、いざこざに巻き込まれたって聞きました」
「…」

 哀しんでいる、というよりは、怒っている、に近い。

「ホントに昔から馬鹿で。…でも、本当の馬鹿は、アタシ」


 そう言って娘は、真っ赤に染まった空を見上げた。































「遊んでないで手伝ってよ」

 寸足らずの着物を着た小さな女の子が、口を尖らせている。
 澄んだ大きな瞳が何かを追っている。

「嫌だね、そんなもん」

 少女を小馬鹿にするように、塀の上をぴょんと跳ねる少年。

「アタシたちの仕事でしょ」
「そんなの、大人が勝手に決めたんだろ」
「違うでしょ。みんな働きに出てるんだから、残ったアタシたちが手伝わなきゃ」
「いい子ぶりやがって」
「今何てった!?」

 少女は桶に溜まった水を、塀の上の少年に向かって撒いた。

「うわっ!?」

 それに驚いた少年は、足を滑らせて塀から落ちた。



「…ごめんね、ごめんね」
「何でお前が泣くんだよ」
「だって」

 尻餅をついた少年はその拍子に足首を痛めてしまった。
 手当てされたその足を見つめながら、少女はポロポロと大粒の涙を流していた。

「治るまで、何でもするから」
「別にしなくていいって」
「ううん、する!」

 泣き顔に見つめられた少年は、頭を掻きながら困惑しているようだった。








「おい、早くしないと日が暮れるぞ!」
「待ってよ〜」

 通りを走る少年と少女。
 夕焼けに染まった町を、全力疾走する。

「暗くなる前に帰らねぇと、叱られるだろ!」

 先を走る少年にそう言われながら、少女はそれを追う。
 けれど、足の速い少年に比べ、少女はあまり走ることが得意ではないらしい。
 二人の距離は、どんどん離れていく。

 少年は、疾うに角を曲がってしまった。

「もう!」

 先に行ってしまった少年になのか、足の遅い自分になのか、少女は少しばかり腹が立った。

 少女は、次第に速度を緩めた。
 漸く角まで来たけれど、きっともう少年は更に先まで行ってしまっただろう。
 それでも、曲がってから少年の姿を探した。
 もうすっかり歩いてしまっている。

「遅ぇよ」

 声がしてそちらを見ると、少年がどこぞの家の大きな水甕に凭れていた。
 探さずとも、そこに居た。


「先に、行けばいいのにっ」

 息の上がった少女は、切れ切れに言った。

「そうしたいのは山々だけどな」
「すればいいじゃない」
「一緒に遊びに行ってて、お前だけ叱られるなんて、不公平だろ」
「難しい言葉使って」
「何処が」
 ケラケラ笑う少年。
 口を尖らせる少女。


「ほら、行くぞ」

 そうして、二人並んで歩き出した。


















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変なところで切ってしまってすみません…。
中途半端に長くなってしまうので、あしからず。


2012/5/27