暮れかかった町の中を、は一人歩いていた。
奉公先から宿へ戻る途中だ。
薬売りは町外れまで足を伸ばすと言っていたから、今日は遅くなるかもしれない。
少し残念だけれど、たまには一人で過ごすのも悪くはない。
そんな事を考えながら、路地へ入った。
けれど、そこは見慣れない風景。
路地の先にお地蔵様が佇んで、その背には数本の風車がカラカラと回っていた。
本来なら、生垣が茂っているはずだった。
曲がる所を間違えたのだと気付いて、踵を返そうとした。
けれど、ふと、気になってしまった。
地蔵ではなく、その右隣にある木の傍にしゃがみ込んで、手を合わせている娘が。
その足元には、どこかで摘んできたのか小さな花が供えてある。
じっと祈り続けるその姿は、他の何も寄せ付けない儚さがあった。
時が止まったようなその様子に、は暫く見入ってしまった。
手を解いて立ち上がった娘と目が合ったのは言うまでもない。
「!?」
その瞬間、何かが聞こえたような気がした。
「…あの、何か?」
「え…っと」
不審者以外の何者でもないに、もちろん娘は声をかけた。
訝しげにを見る。
“な…”
どう答えようか考えていると、また、何かが聞こえてきた。
「見ない人ですね」
「あ、はい、旅の者です。宿に戻る途中で道を間違えてしまって、そしたら貴女が手を合わせていたので、どうしようかと…」
「まぁ、ごめんなさい。気を遣わせてしまいましたね。あまり人の来ない所だから、周りのことも考えずに…」
目を丸くした娘は、先ほどの儚さなど微塵も感じないほど明るく話した。
「差し出がましいですけど、ここでどなたかお亡くなりになったんですか?」
「えぇ、幼馴染が」
「そうですか…」
「どちらまでお帰りに?」
「庫裏通りの堀川屋さんです」
「だったら、私も通り道です。一緒にどうです? ご案内しますよ」
にっこりと笑った娘。
には断る理由が見つからなかった。
「私も、この町に戻ったのは六年ぶりですけど、随分と様変わりしていて初めはよく迷いました」
道すがら、何でもないようなことを話す。
「何処かへ行っていたんですか?」
「はい。十二まで此処で育って、父が亡くなってからは母の実家のある隣町へ」
「そうなんですか」
「この町に奉公先を紹介してもらって、戻って三月ほどです」
初対面のに、衒いなく話す娘。
娘の口からは語られないが、これまでの苦労は大きかっただろう。
も、父親が居ない事がどれほど大変か、分かっている。
けれど、無理に明るく振舞おうとしている風ではない。彼女の明るさは生来のものだろう。
そんな事も含め、は娘に好感を持った。
「やっと会えるって思ってたのに、あのザマなんですよ」
同じ声色で話すものだから、は一瞬何のことだか分からなかった。
「あ…」
さっきの幼馴染の事なのだろう。
「性質の悪い連中とつるんで、いざこざに巻き込まれたって聞きました」
「…」
哀しんでいる、というよりは、怒っている、に近い。
「ホントに昔から馬鹿で。…でも、本当の馬鹿は、アタシ」
そう言って娘は、真っ赤に染まった空を見上げた。
「遊んでないで手伝ってよ」
寸足らずの着物を着た小さな女の子が、口を尖らせている。
澄んだ大きな瞳が何かを追っている。
「嫌だね、そんなもん」
少女を小馬鹿にするように、塀の上をぴょんと跳ねる少年。
「アタシたちの仕事でしょ」
「そんなの、大人が勝手に決めたんだろ」
「違うでしょ。みんな働きに出てるんだから、残ったアタシたちが手伝わなきゃ」
「いい子ぶりやがって」
「今何てった!?」
少女は桶に溜まった水を、塀の上の少年に向かって撒いた。
「うわっ!?」
それに驚いた少年は、足を滑らせて塀から落ちた。
「…ごめんね、ごめんね」
「何でお前が泣くんだよ」
「だって」
尻餅をついた少年はその拍子に足首を痛めてしまった。
手当てされたその足を見つめながら、少女はポロポロと大粒の涙を流していた。
「治るまで、何でもするから」
「別にしなくていいって」
「ううん、する!」
泣き顔に見つめられた少年は、頭を掻きながら困惑しているようだった。
「おい、早くしないと日が暮れるぞ!」
「待ってよ〜」
通りを走る少年と少女。
夕焼けに染まった町を、全力疾走する。
「暗くなる前に帰らねぇと、叱られるだろ!」
先を走る少年にそう言われながら、少女はそれを追う。
けれど、足の速い少年に比べ、少女はあまり走ることが得意ではないらしい。
二人の距離は、どんどん離れていく。
少年は、疾うに角を曲がってしまった。
「もう!」
先に行ってしまった少年になのか、足の遅い自分になのか、少女は少しばかり腹が立った。
少女は、次第に速度を緩めた。
漸く角まで来たけれど、きっともう少年は更に先まで行ってしまっただろう。
それでも、曲がってから少年の姿を探した。
もうすっかり歩いてしまっている。
「遅ぇよ」
声がしてそちらを見ると、少年がどこぞの家の大きな水甕に凭れていた。
探さずとも、そこに居た。
「先に、行けばいいのにっ」
息の上がった少女は、切れ切れに言った。
「そうしたいのは山々だけどな」
「すればいいじゃない」
「一緒に遊びに行ってて、お前だけ叱られるなんて、不公平だろ」
「難しい言葉使って」
「何処が」
ケラケラ笑う少年。
口を尖らせる少女。
「ほら、行くぞ」
そうして、二人並んで歩き出した。
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変なところで切ってしまってすみません…。
中途半端に長くなってしまうので、あしからず。
2012/5/27