幕間第五十三巻
〜ばか・四〜




 昨日よりも早い時刻。
 まだ、日は傾き出したばかりだ。

 荘太は、相変わらず祠の傍にいた。
 というか、そこにしか居られない。
 いつまでもこうしていてはいけないと、解かってはいる。
 けれど、ギリギリまで此処にいたい。


 会えるのなら、会いたい…。
 会って…


「荘太さん」

 低い、静かな声で呼ばれて、荘太はそちらを見た。

“おう、アンタか”

 昨日自分を見つけた男だった。
 その傍らには、随分と器量よしの娘が控えている。

「はじめまして」

 ニコっと笑ったその娘も、自分の姿が見えるのだと、荘太は内心驚いていた。

“アンタも、俺が見えるのか”
「はい、といいます。…突然ですけど」
“何だよ”
「会いたい、ですよね?」
“は?”
「貴方から聞こえてきます。会いたいって」

 と名乗った娘は、口には出していないはずの荘太の気持ちを言い当てた。
 今度は、驚きを隠せずに呆けた顔をする荘太。
 薬売りはそれを、目を細めて面白がった。

“いや、会わなくていい。息災だと分かりゃあそれで”
「でも、出来るなら会いたいでしょう?」

 ムキになるに、荘太は後ずさる。

“いや、だからな…っ”
「息災だ、そうですよ」
“は?”

 今度は薬売りから不意打ちされる。

「昨日、さんが偶然出会った娘さんが、どうやら、紗菜さんらしいと」
“何だよ、それ”
「西通り近くの、お地蔵様のある路地で、手を合わせていたんです」
“な…”


 そこは、荘太が刺された場所だった。

「そこで幼馴染が死んだって…。名は聞きそびれましたけど、でも十二の時にお父さんを亡くして、隣町に行ったそうです。…それに…」

 一度間を置く。

「その娘さんと話していたときに聞こえたのは、貴方の声でした。呼んでいたんですよね?」

 違いますか、と問う

“そうだろうな…きっと”

 荘太が認めると、薬売りとは視線を合わせて安堵していた。
 その光景が、何故か羨ましい。

「会いたいですよね?」

“…”

「聞こえてますから、認めてください」

“聞こえるって…”

「聞こえるんです。荘太さんの、心の叫び」

 穏やかに微笑むを見て、何故だか素直に納得できた。
 全てお見通しで、何でも見透かしてしまいそうな、真っ直ぐな瞳。

“あぁ、出来ることなら会いてぇ”

 満足する答えが聞けたのか、は満面の笑みになる。
 薬売りも、穏やかに目を細めて一緒に喜んでやる。


 そんな二人が、どうにも眩しく見えた。


「では。…約束は、果たしてもらいますよ」



 薬売りが、と荘太を交互に見遣った。















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2012/6/10