いつもそうしているように、今日も手を合わせる。
手近な花を探して、花がないときは仕方なく野の草をそこへ供える。
幼馴染が死んだと知ってから、欠かさずに。
もうすぐ、三月になる。
目を閉じて、心の中で繰り返す。
謝罪と、許し。
紗菜のその姿は、周りを遮断するかのようだった。
そうしている間は、誰も声をかけては来ない。
だから自分も、その世界に入ることが出来る。
漸く手を解いて、立ち上がった紗菜は、はたと気付く。
男女二人が、自分を見ていたことに。
「ま…まぁ、昨日の」
「すみません、声もかけずに」
掛けられない様にしていたのは紗菜だ。
自分の世界に入り込んでいたとはいえ、全く気付かない自分も自分だ。
そこには昨日出会った娘と、派手な様相の男が立っていた。
「どうかしたんですか? また道を間違えてなんて…」
「いえ。今日は、ここに来ました」
よく分からないけれど、自分に会いに来たという事だろうか。
紗菜は首を傾げることで問う。
「私はといいます。こっちは薬売りさん」
「あ、はい。…私は」
「紗菜さん、ですね」
連れの男は、生まれつきなのか、敢えてなのか、鋭い視線で紗菜を見てくる。
「どうして…?」
何故この二人が自分の名を知っているのか。
知ったとして、誰から聞いたのか。
「荘太さんの、ちょっとした、知り合いでして」
「え…」
予期せぬ人物の名が出てきて、紗菜は戸惑う。
けれど、自分の知らない荘太の知り合いなど、いくらでも居るだろう。
一番血気盛んな時期を離れて過ごしたのだから。
六年の間に、色んな人と会っただろう。
もしかしたら、そのうちの誰かに、自分への言伝をしているかもしれない。
ふと、そんな事が思い浮かんだ。
けれど、紗菜はそんな考えを打ち消すように軽く頭を振った。
そんなはずはない、と。
荘太は、自分がいなくなって清々しているのだ。
怒鳴られなくて済むし、手もかからなくなる。
自分が居なくなることなんて、瑣末なこと。
だから、自分に何かを残すなんて有り得ない。
二人に視線を戻すと、紗菜は恐る恐る問いかけた。
「荘太の知り合いが、アタシに何の?」
男は、真っ直ぐに紗菜目掛けて言った。
「会いたい、と」
紗菜の顔が歪んだ。
言伝。
荘太が、自分に遺した。
嬉しいけれど、哀しい。
会いたいけれど…
「…もう、会えない」
今更聞いても、遅い。
「死んでから聞いたって、何の意味もない…」
紗菜の苦しそうな声に、も泣きそうになる。
泣きそうになりながら、は紗菜に歩み寄った。
そんなを、紗菜は見つめる。
やがて、の顔が微かに笑んだ。
「会いに行きませんか?」
意味が分からない。
「祠で、待ってるんです」
もう荘太は死んだのだ。
「貴女に会いたい一心で、留まっているんです」
つまり、それは。
「待っています」
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だらだら長い…。
2012/7/1