幕間第五十三巻
〜ばか・六〜



 いつもそうしているように、今日も手を合わせる。
 手近な花を探して、花がないときは仕方なく野の草をそこへ供える。
 幼馴染が死んだと知ってから、欠かさずに。
 もうすぐ、三月になる。

 目を閉じて、心の中で繰り返す。

 謝罪と、許し。



 紗菜のその姿は、周りを遮断するかのようだった。
 そうしている間は、誰も声をかけては来ない。
 だから自分も、その世界に入ることが出来る。



 漸く手を解いて、立ち上がった紗菜は、はたと気付く。
 男女二人が、自分を見ていたことに。

「ま…まぁ、昨日の」
「すみません、声もかけずに」

 掛けられない様にしていたのは紗菜だ。
 自分の世界に入り込んでいたとはいえ、全く気付かない自分も自分だ。

 そこには昨日出会った娘と、派手な様相の男が立っていた。

「どうかしたんですか? また道を間違えてなんて…」
「いえ。今日は、ここに来ました」

 よく分からないけれど、自分に会いに来たという事だろうか。
 紗菜は首を傾げることで問う。

「私はといいます。こっちは薬売りさん」
「あ、はい。…私は」
「紗菜さん、ですね」

 連れの男は、生まれつきなのか、敢えてなのか、鋭い視線で紗菜を見てくる。

「どうして…?」

 何故この二人が自分の名を知っているのか。
 知ったとして、誰から聞いたのか。

「荘太さんの、ちょっとした、知り合いでして」
「え…」

 予期せぬ人物の名が出てきて、紗菜は戸惑う。

 けれど、自分の知らない荘太の知り合いなど、いくらでも居るだろう。
 一番血気盛んな時期を離れて過ごしたのだから。
 六年の間に、色んな人と会っただろう。

 もしかしたら、そのうちの誰かに、自分への言伝をしているかもしれない。

 ふと、そんな事が思い浮かんだ。

 けれど、紗菜はそんな考えを打ち消すように軽く頭を振った。
 そんなはずはない、と。

 荘太は、自分がいなくなって清々しているのだ。
 怒鳴られなくて済むし、手もかからなくなる。
 自分が居なくなることなんて、瑣末なこと。

 だから、自分に何かを残すなんて有り得ない。




 二人に視線を戻すと、紗菜は恐る恐る問いかけた。

「荘太の知り合いが、アタシに何の?」

 男は、真っ直ぐに紗菜目掛けて言った。


「会いたい、と」


 紗菜の顔が歪んだ。

 言伝。

 荘太が、自分に遺した。

 嬉しいけれど、哀しい。

 会いたいけれど…


「…もう、会えない」


 今更聞いても、遅い。


「死んでから聞いたって、何の意味もない…」


 紗菜の苦しそうな声に、も泣きそうになる。
 泣きそうになりながら、は紗菜に歩み寄った。

 そんなを、紗菜は見つめる。

 やがて、の顔が微かに笑んだ。




「会いに行きませんか?」



 意味が分からない。



「祠で、待ってるんです」



 もう荘太は死んだのだ。



「貴女に会いたい一心で、留まっているんです」



 つまり、それは。



「待っています」















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だらだら長い…。

2012/7/1