幕間第五十三巻
〜ばか・八〜




“そんなこと、分かってたんだけどな”

 視線を紗菜に戻すと、荘太は苦笑した。

「アタシ、好きだったよ。荘太のこと」

 涙を流しながら、怒ったような声で紗菜はそう言った。

「ずっと会いたかった…!」

“俺だって…。いつかお前に会いに行こうって。ガキだったけど、絶対嫁にするって思ってた”


 でも、出来なかった。


“こんなになっちまって、情けねぇ”



 俯く二人に、は貰い泣きをしていた。
 薬売りは、無言で手拭を差し出す。



「ホントに、情けない…」
“分かってら”

「だけど…」

 紗菜が、手を伸ばす。
 触れることが出来るのか、分からないけれど。




「ありがとう」




 言った瞬間、紗菜の手は荘太の腕に触れた。
 触れた所が、淡く光る。



「バカって言ってばっかりで、ごめんね。ずっと謝りたかったの」
“お前…”


 触れられた腕とは反対の手で、荘太は紗菜の頬に触れた。
 涙を拭うようにする。

 けれど、実際は拭えなかった。

 その様子が、の心を締め付けた。


“俺だって、強がってばっかで、素直になれなかった。あの時も、今回だって…ちゃんと別れられなくて、ごめんな…”


 紗菜はふるふると頭を振った。


“もう、俺のことはいいから”


 荘太の一言に、紗菜は驚いた顔をした。


「分かるの?」


“お前に触れた瞬間、何か、伝わってきた。スゲェな、幽霊って”


 今更だけどな、と苦笑すると、すぐに真顔に変わった。
 そうして、視線を合わせた。


「ごめんね、荘太…。私、お嫁に行くね」
“謝るなよ。当たり前の事だろ”



 荘太は、漸く、何故自分が此処にいるのか分かった。



 紗菜に会いたかった。
 嫁にすると言う約束を、破棄したかった。
 それが、紗菜を縛っていると思っていた。
 約束から、解放したかった。



 紗菜が毎日花を供えに行っていた理由も然り。



 荘太に会いたかった。
 バカと言って分かれたことを謝りかかった。
 荘太ではない、他の人に嫁ぐ事を許して欲しかった。






“幸せになれよ”



「うん」








 ぽん、と荘太は紗菜の頭に手を乗せた。
 紗菜はそれが嬉しくて、目を閉じてその掌を感じ取ろうとした。
 そうして、ゆっくりと時が過ぎた。



 薬売りとの目には、次第に薄れていく荘太が映った。
 最後に、に、と二人に笑った。



 それから目を開けた紗菜の前に、もう荘太の姿は見えなかった。




 足元に、白い紙が残されているだけ。




 紗菜は力なく座り込み、その紙を握り締めると、静かに涙を流し続けた。




 薬売りはそれを憂えるような視線で見つめ、はその肩口に額を寄せて堅く目を閉じていた。




“すっかり世話になっちまったな”




 の耳に聞こえてきた荘太の声。
 声だけで、悪戯っ子のように笑っていると分かる。





“ありがとな。薬売り、さん”






“あんた達が、羨ましいぜ”












 それが荘太の最後の言葉だった。

















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あと一話です。

2012/7/15