“そんなこと、分かってたんだけどな”
視線を紗菜に戻すと、荘太は苦笑した。
「アタシ、好きだったよ。荘太のこと」
涙を流しながら、怒ったような声で紗菜はそう言った。
「ずっと会いたかった…!」
“俺だって…。いつかお前に会いに行こうって。ガキだったけど、絶対嫁にするって思ってた”
でも、出来なかった。
“こんなになっちまって、情けねぇ”
俯く二人に、は貰い泣きをしていた。
薬売りは、無言で手拭を差し出す。
「ホントに、情けない…」
“分かってら”
「だけど…」
紗菜が、手を伸ばす。
触れることが出来るのか、分からないけれど。
「ありがとう」
言った瞬間、紗菜の手は荘太の腕に触れた。
触れた所が、淡く光る。
「バカって言ってばっかりで、ごめんね。ずっと謝りたかったの」
“お前…”
触れられた腕とは反対の手で、荘太は紗菜の頬に触れた。
涙を拭うようにする。
けれど、実際は拭えなかった。
その様子が、の心を締め付けた。
“俺だって、強がってばっかで、素直になれなかった。あの時も、今回だって…ちゃんと別れられなくて、ごめんな…”
紗菜はふるふると頭を振った。
“もう、俺のことはいいから”
荘太の一言に、紗菜は驚いた顔をした。
「分かるの?」
“お前に触れた瞬間、何か、伝わってきた。スゲェな、幽霊って”
今更だけどな、と苦笑すると、すぐに真顔に変わった。
そうして、視線を合わせた。
「ごめんね、荘太…。私、お嫁に行くね」
“謝るなよ。当たり前の事だろ”
荘太は、漸く、何故自分が此処にいるのか分かった。
紗菜に会いたかった。
嫁にすると言う約束を、破棄したかった。
それが、紗菜を縛っていると思っていた。
約束から、解放したかった。
紗菜が毎日花を供えに行っていた理由も然り。
荘太に会いたかった。
バカと言って分かれたことを謝りかかった。
荘太ではない、他の人に嫁ぐ事を許して欲しかった。
“幸せになれよ”
「うん」
ぽん、と荘太は紗菜の頭に手を乗せた。
紗菜はそれが嬉しくて、目を閉じてその掌を感じ取ろうとした。
そうして、ゆっくりと時が過ぎた。
薬売りとの目には、次第に薄れていく荘太が映った。
最後に、に、と二人に笑った。
それから目を開けた紗菜の前に、もう荘太の姿は見えなかった。
足元に、白い紙が残されているだけ。
紗菜は力なく座り込み、その紙を握り締めると、静かに涙を流し続けた。
薬売りはそれを憂えるような視線で見つめ、はその肩口に額を寄せて堅く目を閉じていた。
“すっかり世話になっちまったな”
の耳に聞こえてきた荘太の声。
声だけで、悪戯っ子のように笑っていると分かる。
“ありがとな。薬売り、さん”
“あんた達が、羨ましいぜ”
それが荘太の最後の言葉だった。
NEXT
あと一話です。
2012/7/15