とても不思議な町だと思う。
あんな光景、初めて見た。
大きな声で自分の想いをぶつけて、盛大に振られる。
人から威勢よく想いをぶつけられても、すっぱりと振ってしまう。
しかも、大勢の人の前で。
何だか、お芝居でも見ているような感じがする。
でも…
「あ、ここだ」
考えながら歩いていると、届け物の宛を見つけた。
「八重樫屋さん…って、あれ?」
そこは染物屋さんだった。
大きな構えで、格子の窓が続いていた。
開け放された玄関の奥に土間が見え、少し覗くと左手に品物が置いてあり見世なのだと分かった。
けれど、そこに人の姿はなく、奥の方ががやがやとしていた。
「ごめんください、簗瀬の使いで参りました」
奥に向かって声を張った。
「はーい、お待ちください」
すぐに返事があって、程なくして人影が見えた。
「あ」
思わず声に出してしまって、奥から出てきた人が不思議そうな視線を私に向けてきた。
その人は、さっき盛大に春之介という人を振った、お紺さんだった。
「お待たせいたしました…えっと…?」
私が目を丸くしているのを不審がって、お紺さんは首を傾げた。
「あ、すみません。簗瀬の使いでこちらの書状をお届けに参りました」
「まぁ、おおきに。これで漸く新しい色に手をつけられます」
にこりと笑った顔は、とてもあんな物言いをする人には見えなかった。
「初めて見るお方ですね」
「はい、一昨日から働かせていただいてます」
「この辺は初めて?」
「はい、旅の途中で。町々で働きながら旅費を稼いでいます」
お紺さんは私の答えを聞いて、何処か納得したような素振りを見せた。
そうして、はた、と何かに思い至った。
「…もしかして」
「はい?」
「見てました?」
「え?」
「大通りでの騒ぎ…」
「え…まぁ、はい」
するとお紺さんは盛大に溜め息をついた。
「もう、恥ずかしくて敵わんっ」
あれだけはっきり振っておいて、恥ずかしいって…。
「町の人なら見慣れてるやろうけど、そうや、旅の人もおるんや」
掌を額にあてて見るからに“しまった”という感じ。
というか、さっきまでの丁寧さというか、いかにもお嬢様風な物腰がなくなってしまった。
「春之介のやつ…」
舌打ちでもしそうな言い方だったけれど、流石にそれはなかった。
でも、どうしてだろう。
ふと疑問が浮かんでしまった。
「あの、初対面なのに差し出がましいんですけど」
「何?」
「ご両親が決めたんなら…もう…」
親同士が決めた結婚は、子供には抗う事なんて出来ない。
お武家や、こういう大きなお店なら尚更。
私は庶民の、しかも下の方の生まれだからあまり関係ないのだけれど…。
とにかく、本人達がどうこう言えるものではないと思う。
それに、お相手の春之介さんは乗り気なようだし。
「私は、試しとんねや」
「試す?」
「あの、春之介いうんは、女遊びが好きで、よく花街通ってたんや。私はそれが気に入らへんの」
「花街…ですか」
妙に納得してしまう辺り、自分も女だなと思う。
「縁談があってから止めたみたいやけど、それがどれだけ続くんか、試してやるんよ」
「そうなんですか。それは、何ていうか…」
春之介さんの自業自得?
「そしたら、私が春之介んこと気に入らへんから断ってる思うたみたいで…」
「じゃあ、気に入ってはいるんですか?」
「嫌いではないなぁ。昔から知ってるけど、楽しい人や思う」
もう親同士で決めた事だし、とお紺さんは肩を竦めた。
「春之介さんの方は、お紺さんのことすっかり気に入ってるみたいですね」
「え? そんな訳ないやろ」
目を丸くするお紺さんに、私の方も吃驚して目を丸くしてしまった。
「親が決めてなければ、私なんか眼中ないやろ。春之介の好みは、もっとこう…」
お紺さんは、身振り手振り、いかにも男受けするような体つきを示してきた。
私はそれに首を振って、苦笑した。
「一回見たくらいで、何で春之介が私を気に入ってる思うん?」
「だって、見れば分かりますよ」
あの一生懸命さ。
何度でも追いかけて、何度でも振られて。
人前だろうが何だろうが、形振り構わず。
自分の声、自分の言葉で気持ちを伝える。
「春之介さんは、貴女をお嫁に貰うって決めてますよ」
「だから、私は…」
困ったように口を尖らせるお紺さんは、やっぱり花のように可愛らしかった。
「いいじゃないですか。あんなにはっきりと好きって言ってくれるんですから」
私が笑いかけると、お紺さんは益々困った顔をしてしまった。
「あ、すっかり長居してしまいました。それじゃあ、私はこれで」
「え、あっ」
頭を下げて、踵を返した。
呼び止められそうになったけれど、気付かないふりをしてそのまま敷居を跨いだ。
何だか、半分くらいは既に痴話喧嘩だったんじゃないか。
帰る道々、そう思えてきた。
試すと言ってたけれど、それだってもう嫁ぐ前提でやってることだし。
そう、街を巻き込んだ盛大な夫婦喧嘩なんだ。
だけど、とても羨ましく感じる…
だって、私は…
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2013/3/17