幕間第五十七巻
〜加代・の回・弐〜





「あれぇ? さんじゃないですかぁ」


 後ろから掛けられた、底抜けに明るい声。
 振り向かなくても誰だかわかった。

「加代さん、こんにちは」
「こんにちは〜。こんな所でどうしたんですか?」
「口利き屋の帰りなんです」
「口利き屋ですか…?」

 加代さんは不思議そうな顔をした。

「? はい。町々で働いて旅費を稼いでるんです。でも、この町は中々お仕事が少ないみたいで…。人が多く集まるせいでしょうか…」

 私が苦笑すると、加代さんはますます不思議そうな顔になる。

「薬売りさんと旅をしてるんですよね?」
「はい」

 何が可笑しいんだろう。

「意外と甲斐性ナシなんですねぇ、薬売りさんって」

「え?」

「だって、奥さんも外で働くだなんて」




 私は、加代さんに説明した。
 薬売りさんと私が、どうして一緒に旅をするに至ったか。
 どうして私が働くのか。
 薬売りさんの名誉の為にも。




「えぇ? 奥さんじゃないんですかぁ?」


 長くなると思って入った茶屋で、加代さんは大きな声を出して驚いた。
 湯呑み茶碗を握り締めて、昨日よりも目を丸くしている。


 というか…


 そこですか?
 色々説明して、真っ先に突っ込む所は、そこなんですか?


「そこまででは…ない…です」
「じゃあ恋人?」


 答えにくくて、私は黙り込んだ。

 そうだと、私は思っている。


「恋人だって、一緒に住んでるんだからもう夫婦と同じでしょ〜?」

 このままだと薬売りさんが甲斐性なしにされそうで、私は必死に弁解した。

「私が働きたいんです。ずっと働いて、一人で生きてきたから。薬売りさんは、それを理解ってくれてるんですよ」
「ふ〜ん」


 どう見ても納得はしてない。
 それでも、それ以降その話はなくて、薬売りさんの名誉は守れたと思う。


「でも、薬売りさんも大変ですねぇ」


 そう言って加代さんは私のことを頭から足先まで見た。
 何だか、視線が痛い。

「…ど、どうしてですか?」
「だってぇ、さんみたいな人を一人で外に出すなんてぇ」

 そう言って、ポンポンと私の肩を叩いた。
 言っている意味が良く分からない。

「誰かに攫われやしないか、気が気じゃないですよ〜、きっと」
「攫われる、ですか? …そんなことはないと思いますけど…」
「ありますってぇ。…あ」


 加代さんは何か言いかけて、今度は私の顔をまじまじと見た。


「もしかして、分かってないんですかぁ?」
「え?」

 何のことだろう?



「自分がと〜っても、美人さんだってことですよ〜」




「…はい?」




 グフフ、と妙な笑い方をする加代さんに、呆れてしまった。
 私の何処をどうみたら…。



「や〜っぱり分かってない」
「分かってないというか、そうは思いませんから…」

 人からも、そんな事を言われるのは初めて。


「はぁ、もう。薬売りさんと並んでると、“何、この二人!?”って思うのにぃ」

 それは、雰囲気が異様だからじゃあ…。

「く、薬売りさんは確かに綺麗ですけど、私は…」



 薬売りさんと並んでいていいのかって。



「!?」



 そう思った自分に、吃驚した。



さん?」



 私の変化に、加代さんは気付いた。



「私…」



 自信がないんだ。


 自分に。




「加代さん、私…」



「まだ薬売りさんに、“好き”って言って貰ったことが、ないんです…」



 言った途端に、目頭が熱くなった。









 そう。
 薬売りさんは優しい。
 守ってくれて、抱きしめてくれて、本当に私を大事にしてくれる。
 たまに意地悪だったり、真顔で冗談も言う。
 本当に嬉しいし、楽しいし、こういうのが“幸せ”なのかなって思う。

 でも、薬売りさんから“好き”って言葉を貰った事は、まだない。

 だから、不安でたまらないんだ。

 薬売りさんの気持ちはちゃんと分かってる。
 態度で表してくれるから。


 分かってるけど、だからこそ、言葉も欲しい。



「不安だから、私に嫉妬しちゃったんですねぇ」

「え?」

 ポロポロと涙を流す私に、加代さんは手拭を差し出してくれた。
 そうして、そんな事を言った。

「アタシと薬売りさんが話してるとき、さんの顔、すっごい強張ってたんですよ〜? 気付きませんでした?」

「え!? そうなんですか!?」

「あ〜、やっぱり」


 咄嗟に両手で頬を触ってみたけれど、もう遅すぎる。
 だからあの後、薬売りさんは私のことを気にしていたのかもしれない。
 きっと、どうしてそんな顔をするのか不思議に思ったんだ。
 そう思うと更に恥ずかしくなる。

 に、と笑って加代さんは立ち上がった。
 私の正面に立って、屈みこんで私の顔を覗きこんだ。


「大丈夫ですよぉ。二人ともお似合いだったから。…それに」


「?」


「薬売りさんのさんを見る目、な〜んか甘ったるくて胃もたれしそうだったしぃ」



 白い歯を見せて悪戯っぽく笑った加代さん。
 ちょっとだけ、気が楽になった。

 傍から見ると、そういうものなのかって、思った。


「でも〜、流石の薬売りさんも女心が分かってな〜い。うん! アタシに任せておいて!」

 右手で胸をぽんと軽く叩いて、加代さんは大きく頷いた。
 何を任せたらいいのか分からなかったけれど、とても嬉しかった。
 これはきっと、薬売りさんには言えないことだから。















NEXT




2013/5/19