「あれぇ? さんじゃないですかぁ」
後ろから掛けられた、底抜けに明るい声。
振り向かなくても誰だかわかった。
「加代さん、こんにちは」
「こんにちは〜。こんな所でどうしたんですか?」
「口利き屋の帰りなんです」
「口利き屋ですか…?」
加代さんは不思議そうな顔をした。
「? はい。町々で働いて旅費を稼いでるんです。でも、この町は中々お仕事が少ないみたいで…。人が多く集まるせいでしょうか…」
私が苦笑すると、加代さんはますます不思議そうな顔になる。
「薬売りさんと旅をしてるんですよね?」
「はい」
何が可笑しいんだろう。
「意外と甲斐性ナシなんですねぇ、薬売りさんって」
「え?」
「だって、奥さんも外で働くだなんて」
私は、加代さんに説明した。
薬売りさんと私が、どうして一緒に旅をするに至ったか。
どうして私が働くのか。
薬売りさんの名誉の為にも。
「えぇ? 奥さんじゃないんですかぁ?」
長くなると思って入った茶屋で、加代さんは大きな声を出して驚いた。
湯呑み茶碗を握り締めて、昨日よりも目を丸くしている。
というか…
そこですか?
色々説明して、真っ先に突っ込む所は、そこなんですか?
「そこまででは…ない…です」
「じゃあ恋人?」
答えにくくて、私は黙り込んだ。
そうだと、私は思っている。
「恋人だって、一緒に住んでるんだからもう夫婦と同じでしょ〜?」
このままだと薬売りさんが甲斐性なしにされそうで、私は必死に弁解した。
「私が働きたいんです。ずっと働いて、一人で生きてきたから。薬売りさんは、それを理解ってくれてるんですよ」
「ふ〜ん」
どう見ても納得はしてない。
それでも、それ以降その話はなくて、薬売りさんの名誉は守れたと思う。
「でも、薬売りさんも大変ですねぇ」
そう言って加代さんは私のことを頭から足先まで見た。
何だか、視線が痛い。
「…ど、どうしてですか?」
「だってぇ、さんみたいな人を一人で外に出すなんてぇ」
そう言って、ポンポンと私の肩を叩いた。
言っている意味が良く分からない。
「誰かに攫われやしないか、気が気じゃないですよ〜、きっと」
「攫われる、ですか? …そんなことはないと思いますけど…」
「ありますってぇ。…あ」
加代さんは何か言いかけて、今度は私の顔をまじまじと見た。
「もしかして、分かってないんですかぁ?」
「え?」
何のことだろう?
「自分がと〜っても、美人さんだってことですよ〜」
「…はい?」
グフフ、と妙な笑い方をする加代さんに、呆れてしまった。
私の何処をどうみたら…。
「や〜っぱり分かってない」
「分かってないというか、そうは思いませんから…」
人からも、そんな事を言われるのは初めて。
「はぁ、もう。薬売りさんと並んでると、“何、この二人!?”って思うのにぃ」
それは、雰囲気が異様だからじゃあ…。
「く、薬売りさんは確かに綺麗ですけど、私は…」
薬売りさんと並んでいていいのかって。
「!?」
そう思った自分に、吃驚した。
「さん?」
私の変化に、加代さんは気付いた。
「私…」
自信がないんだ。
自分に。
「加代さん、私…」
「まだ薬売りさんに、“好き”って言って貰ったことが、ないんです…」
言った途端に、目頭が熱くなった。
そう。
薬売りさんは優しい。
守ってくれて、抱きしめてくれて、本当に私を大事にしてくれる。
たまに意地悪だったり、真顔で冗談も言う。
本当に嬉しいし、楽しいし、こういうのが“幸せ”なのかなって思う。
でも、薬売りさんから“好き”って言葉を貰った事は、まだない。
だから、不安でたまらないんだ。
薬売りさんの気持ちはちゃんと分かってる。
態度で表してくれるから。
分かってるけど、だからこそ、言葉も欲しい。
「不安だから、私に嫉妬しちゃったんですねぇ」
「え?」
ポロポロと涙を流す私に、加代さんは手拭を差し出してくれた。
そうして、そんな事を言った。
「アタシと薬売りさんが話してるとき、さんの顔、すっごい強張ってたんですよ〜? 気付きませんでした?」
「え!? そうなんですか!?」
「あ〜、やっぱり」
咄嗟に両手で頬を触ってみたけれど、もう遅すぎる。
だからあの後、薬売りさんは私のことを気にしていたのかもしれない。
きっと、どうしてそんな顔をするのか不思議に思ったんだ。
そう思うと更に恥ずかしくなる。
に、と笑って加代さんは立ち上がった。
私の正面に立って、屈みこんで私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫ですよぉ。二人ともお似合いだったから。…それに」
「?」
「薬売りさんのさんを見る目、な〜んか甘ったるくて胃もたれしそうだったしぃ」
白い歯を見せて悪戯っぽく笑った加代さん。
ちょっとだけ、気が楽になった。
傍から見ると、そういうものなのかって、思った。
「でも〜、流石の薬売りさんも女心が分かってな〜い。うん! アタシに任せておいて!」
右手で胸をぽんと軽く叩いて、加代さんは大きく頷いた。
何を任せたらいいのか分からなかったけれど、とても嬉しかった。
これはきっと、薬売りさんには言えないことだから。
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2013/5/19