幕間第六十巻


〜狐の悪戯・壱〜





 縁側に腰掛けて、は温かな日差しを身体いっぱいに浴びていた。
 天気は快晴。
 昨日までの重々しい雲は、空から消え失せていた。

 その日差しに包まれて、まったりとしていた。
 傍らにはお茶と、貰いもののおこし。

 ふう、と肩の力を抜いて、どうやらかなり寛いでいる。

 暫くの間そうしていただったが、徐に着物の合わせに挟んだ懐紙に手をやった。

 懐紙を取り出して、それを広げると小さく折り畳まれた紙があった。
 薬売りから貰った札だ。
 不思議な模様の描かれた、魔除けの札。
 今は何の変哲もないけれど、一度モノノ怪に向ければ、攻撃にも結界にも使える。

 けれどそれは、薬売りが扱ってこそ発揮される力。
 薬売り以外には、簡易的な魔除けにすぎない。


 は、その札を丁寧に開いた。
 薬売りが投げると勝手に開くけれど、には出来ない。
 どういう仕組みなのか、何度見ても分からない。
 開いた札には、何度見ても良く分からない模様。
 薬売りが使うときのピンと伸びた状態とは異なり、折り目はついたままでヘロンと頼りない。

「やっぱり、薬売りさんにしか使えないんだ…」

 溜め息混じりに呟いて、は札を畳みなおす。

 薬売りに、対モノノ怪の特訓を、と言われ荘太という所謂幽霊のほか、何度かこの世ならざるものを相手に感覚を養ってきた。
 けれど、どうにも効果があったようには思えない。
 自分では変化が分からないのだ。

 薬売りが言うには、目に見えるものではないから、気長にやっていくしかないらしい。

 言っている事は分かるのだが、いつまでも守られているのも、にとっては辛い。


 は空を見上げながら、胸に手を当てた。


「…繻雫…?」


 は小さく呼んだ。
 すると、ちょうど手を置いた胸の辺りが金に光って、丸い光が現れた。

「なんじゃ?」

 光は地面に降り立つと、やがて小さな狐になった。

「本当にすぐ来れるんだ」
「当たり前じゃ。じゃが、社からちと距離がありすぎる。そう長くは居られんぞ」

 小さな狐は、子どものような声で、仙人のような話し方をする。
 そんな狐が、はとても好きだ。
 生まれ故郷で別れて以来、繻雫を呼ぶのは初めてだった。

「そういうものなの?」
「わしの力にも限界がある。で、どうしたんじゃ? あやつに何かされたか」
「薬売りさんは関係ないの。…あ、えっと、無くはないかな…」
「なんじゃ、はっきりせんの」

 は、一通りの事を話した。
 モノノ怪と対峙したときに何も出来ない事。
 自分の身は自分で守りたい事。出来れば薬売りも守りたい事。

「何とも、女子らしからぬ考え方じゃな」
「そうかな? でも、自分の身くらい守れないと、モノノ怪に遭う度に薬売りさんに負担をかけるから。だから、私に何か出来ることはない?」
「何故わしに聞く」
「だって、私の力は繻雫がくれたものでしょ?」

 繻雫はひょい、と縁側に上がりの隣に前足を揃えて座った。
 それから日差しが眩しいのか、目を細めた。


「…分かっているとは思うが」
「うん」
「わしに何かを求めるときには、相応のものが必要じゃぞ」
「うん」

 そう言ってはお茶請けのおこしを繻雫に差し出した。

「…

 クスクス笑うに、繻雫は尻尾をぶつけた。

「冗談よ」

 おこしを自分の方へ戻そうとしたの手に、繻雫は前足を掛けた。

「要らぬとは言っとらん」

 笑いながらは皿を繻雫の前に置いてやった。

「笑いすぎじゃ」
「ふふ、ごめんなさい」
「真面目な話じゃ。分かっておるのか」
「うん」
「“うん”って、お主…」
「大丈夫、分かってるつもりだから」

 繻雫は、の方へ顔を向けた。
 も繻雫を見下ろしていて、目が合うと、ふ、と笑った。

「考えてやらない事も無いが、まずは、もう少し修練に励め。まだ、結論を出すには早いじゃろう」

「…うん。そうする」


 そうして二人は正面を向いた。















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2013/7/7