「しかし…」
「?」
「そこまでするほど、あの男がいいのか」
「…っ」
「あの男の趣味は悪くないが、お主の趣味は、わしには分からん」
ツン、とそっぽを向いてみせる。
そんな狐に、は苦笑する。
「繻雫って、親バカなんだね…」
「煩いっ。本当のことじゃっ」
繻雫は“伏せ”の姿勢で皿に顔を近づけると、おこしを食べ始めた。
はその背を撫でた。
「いくら行商人だからと言って、派手過ぎなんじゃ。妖しさムンムンじゃ」
「…見た目で人を判断しちゃいけないと思うけど。それに見る目はあるって言ってなかった?」
「本当の事じゃろうに。わしに説教するつもりか」
「そんなんじゃないけど」
「あやつは性格もひん曲がっておろう」
「そんな事ありません〜」
「優し〜いお主につけ込んで、好き放題やっておるのだろう」
「薬売りさんだって優しいですっ」
「どうだかのう」
「繻雫っ」
と繻雫はじっと睨みあった。
「…ふっ」
「クッ」
睨み合っていたかと思うと、二人して笑い出した。
「ふふふ、はは」
「クックックッ」
一頻り笑い合って、二人はまた正面に向き直った。
「大丈夫。薬売りさんはちゃんと私を守ってくれてるから」
「当たり前じゃっ」
おこしの皿に顎を乗せて、カリカリと口元で音を立てる繻雫。
にはあの大きなお社の主にはとても見えない。
「繻雫も、こうやって来てくれるし」
「当たり前じゃっ」
フン、と鼻を鳴らす繻雫の背を、はまた撫でた。
何度か撫でていると、不意にその感触が薄らいだ。
触っているようで、触っていないような。
「…そろそろ戻らねばならんようじゃ」
「そっか」
「この距離だと、これくらいが限度のようじゃな」
「うん」
繻雫は立ち上がると、再び姿を丸い光に戻した。
そうしてフワリと浮き上がる。
「おこし、美味かったぞ」
「え?」
言われてが皿に目を遣ると、おこしが綺麗に平らげられていた。
「あ〜!!」
が繻雫の方に視線を戻すと、既に光は消えてしまっていた。
「私、全然食べてないのに!」
もう、と口を尖らせたは、盛大に溜め息をついた。
「何が“いつでも力を貸そう”よ」
そう悪態をついたと同時に、背後で襖の滑る音がした。
「おや」
「あ、お帰りなさい」
振り向くと、薬売りが立っていた。
「今日は、仕事では、なかったんで」
「はい。今日はお暇だそうで、人手が余ってしまって帰されたんです」
「そう、ですか。…今、誰か居ませんでしたか」
「繻雫です。お社から遠いから、長くは居られないみたいで、たった今戻りました」
「そりゃあ、残念」
本当に? とは内心疑った。
「酷いんですよ。頂き物のおこし、全部食べて帰っちゃったんです」
空になった皿を見せて、は不満そうに言った。
薬売りはそんなに口角を上げた。
「そんなに可笑しいですか? それとも私の度量が小さいですか?」
「いえ。食べ物の恨みは、何とやらってぇいいますからね」
薬売りは自分も縁側へ座ると、袂から何かを取り出した。
「おこしは、繻雫への貢物とでも、思っておけばいい」
「…貢物ですか?」
「ここまで来てもらった、御礼、ですよ」
「はぁ」
お社を留守にしてきてくれたのだから、そのくらいはした方がいいのだろうか。
は頭を傾いで考えた。
「代わりと言っちゃあ何ですが、これでもどうぞ」
突然顔の前に薬売りの手が差し出された。
思わず身を引いてしまった。
「?」
見れば、その指先には…。
「かりんとう?」
「貰い物、ですがね」
「いいんですか」
ぱっと明るくなるの表情。
薬売りはそれに満足する。
「いつも好き放題やらせてもらっている、お礼、ですよ」
がかりんとうを食べようとした瞬間、薬売りがそう言った。
「聞いて…たんですか…?」
「さぁて」
がしばし固まったのは言うまでもない。
END
2013/7/21