〜狐の悪戯・弐〜





「しかし…」
「?」
「そこまでするほど、あの男がいいのか」
「…っ」
「あの男の趣味は悪くないが、お主の趣味は、わしには分からん」

 ツン、とそっぽを向いてみせる。
 そんな狐に、は苦笑する。

「繻雫って、親バカなんだね…」
「煩いっ。本当のことじゃっ」


 繻雫は“伏せ”の姿勢で皿に顔を近づけると、おこしを食べ始めた。
 はその背を撫でた。

「いくら行商人だからと言って、派手過ぎなんじゃ。妖しさムンムンじゃ」
「…見た目で人を判断しちゃいけないと思うけど。それに見る目はあるって言ってなかった?」
「本当の事じゃろうに。わしに説教するつもりか」
「そんなんじゃないけど」
「あやつは性格もひん曲がっておろう」
「そんな事ありません〜」
「優し〜いお主につけ込んで、好き放題やっておるのだろう」
「薬売りさんだって優しいですっ」
「どうだかのう」
「繻雫っ」



 と繻雫はじっと睨みあった。



「…ふっ」
「クッ」


 睨み合っていたかと思うと、二人して笑い出した。


「ふふふ、はは」
「クックックッ」


 一頻り笑い合って、二人はまた正面に向き直った。



「大丈夫。薬売りさんはちゃんと私を守ってくれてるから」
「当たり前じゃっ」

 おこしの皿に顎を乗せて、カリカリと口元で音を立てる繻雫。
 にはあの大きなお社の主にはとても見えない。

「繻雫も、こうやって来てくれるし」
「当たり前じゃっ」



 フン、と鼻を鳴らす繻雫の背を、はまた撫でた。
 何度か撫でていると、不意にその感触が薄らいだ。
 触っているようで、触っていないような。



「…そろそろ戻らねばならんようじゃ」
「そっか」

「この距離だと、これくらいが限度のようじゃな」
「うん」

 繻雫は立ち上がると、再び姿を丸い光に戻した。
 そうしてフワリと浮き上がる。

「おこし、美味かったぞ」
「え?」


 言われてが皿に目を遣ると、おこしが綺麗に平らげられていた。


「あ〜!!」


 が繻雫の方に視線を戻すと、既に光は消えてしまっていた。


「私、全然食べてないのに!」


 もう、と口を尖らせたは、盛大に溜め息をついた。


「何が“いつでも力を貸そう”よ」



 そう悪態をついたと同時に、背後で襖の滑る音がした。


「おや」
「あ、お帰りなさい」


 振り向くと、薬売りが立っていた。


「今日は、仕事では、なかったんで」
「はい。今日はお暇だそうで、人手が余ってしまって帰されたんです」
「そう、ですか。…今、誰か居ませんでしたか」
「繻雫です。お社から遠いから、長くは居られないみたいで、たった今戻りました」
「そりゃあ、残念」

 本当に? とは内心疑った。

「酷いんですよ。頂き物のおこし、全部食べて帰っちゃったんです」

 空になった皿を見せて、は不満そうに言った。
 薬売りはそんなに口角を上げた。

「そんなに可笑しいですか? それとも私の度量が小さいですか?」
「いえ。食べ物の恨みは、何とやらってぇいいますからね」

 薬売りは自分も縁側へ座ると、袂から何かを取り出した。

「おこしは、繻雫への貢物とでも、思っておけばいい」
「…貢物ですか?」
「ここまで来てもらった、御礼、ですよ」
「はぁ」

 お社を留守にしてきてくれたのだから、そのくらいはした方がいいのだろうか。
 は頭を傾いで考えた。

「代わりと言っちゃあ何ですが、これでもどうぞ」

 突然顔の前に薬売りの手が差し出された。
 思わず身を引いてしまった。

「?」

 見れば、その指先には…。

「かりんとう?」
「貰い物、ですがね」
「いいんですか」

 ぱっと明るくなるの表情。
 薬売りはそれに満足する。


「いつも好き放題やらせてもらっている、お礼、ですよ」


 がかりんとうを食べようとした瞬間、薬売りがそう言った。


「聞いて…たんですか…?」

「さぁて」




 がしばし固まったのは言うまでもない。














END







2013/7/21