幕間第六十一巻


〜天秤の憂鬱・壱〜





 漸く俺の番が回ってきた。
 これだけの数居ると、随分時間がかかるもんだぜ。

 何の順番って、そりゃあ…を守る順番だ。

 一人で寝るが心配だからって、薬売りが俺らの中から一つ、に貸したのが始まりで、二人が同じ部屋に泊まるようになってからは、薬売りの帰りが遅かったり、帰らなかったりしたときに、置いていくって感じになった。

 天秤の中でどいつがと一緒に居るかってのは、くじで順番を決めたんだ。
 アミダだ、アミダ。

 でも、薬売りが居ない夜は滅多にないし、くじ運の悪さも相まって、俺の番が来るまで、随分時間がかかったって訳だ。


 待った、本当に待った。


 漸くを守れる!


 え?
 何で呼び捨てって?

 そんなのいいだろ?
 減るもんじゃない(つーか、誰にも聞こえないし)。

 寧ろ、未だに“さん”付けで呼んでる薬売りが意味不明だろ。
 もうすっかり良い仲なんだからよ。

 あ、いや。
 大事にしてるってのは分かるんだが。

 それにしても、早く呼んでやれよ。



 おっと、話が逸れた。


 薬売りが引き出し開けたじゃねぇか。
 皆が俺を突いてくる。


 じゃあ、ちょっくらを守りに行ってくるぜ!



「今日は君なんだ、宜しくね」

 薬売りの手からの手に飛び乗ると、が声を掛けてきた。
 多分、俺らの見分けなんて付いてないと思う。
 でも、こうやって話しかけてくれると、嬉しいし、何だか照れるな。

 俺は“こちらこそ宜しく”の意味を込めて、前傾して見せた。

 ふふ、とくすぐったくなるような笑顔で、は俺に笑いかけてくれた。
 それから畳みの上に着地する。


「では、頼みましたよ」


 おうよ!!

 薬売りの方にクルッと向き直って、その意気込みを示した。


 それから薬売りは、と二言、三言話してから部屋を出て行った。



 少しだけ、の表情が曇ったのが分かった。
 薬売りがいないことが、きっと寂しいんだな。


 何だよ、俺がいるじゃねーか!


 と、思った瞬間、がこっちを振り返った。

「薬売りさん、これから商談なんだって」

 傍から見たら独り言になるけど、これは俺に話しかけてくれてるのか。

「お座敷で芸鼓さん呼んで商談なんて、一体どんな人が相手なんだか」

 ねぇ、と哀しげな笑顔で俺に同意を求める。

 薬売りのやつ、を一人置いていくなんて、許せねぇ。

 …いや、薬売りが居ると、俺の出番が無かったのか。

「芸鼓さん呼ぶわけだから、女が付いて行くわけにも行かないし…」

 よし。
 女遊びなんかしたら許さねぇってことにしておいてやる。

「そうだ! 夕餉は豪勢に、美味しいもの頼んじゃおう」

 ぽん、と掌を叩いて頷いた

 薬売りがいないからって、ずっと気落ちしてるわけじゃない。
 すぐに切り替えて、自分の好きなようにするところが、強くていい。
 凭れすぎない。
 よく出来たいい女だよ。

「それで薬売りさんにご馳走になろう」

 つまりご請求先は薬売り、か。
 …ホントに、いい性格してるよ。







「こんなもんかな…?」

 風呂から戻ってきたは、宿の者が敷いて行った布団を移動させていた。
 自分の荷物を置いてある角のすぐ傍だ。
 こんなに広い部屋なのに、こんな隅の方に布団持ってきやがって。

 一人で広い部屋の、しかも真ん中に寝るのは、心細いわけか。

「一人だって分かってるんなら、こんな広い部屋にしなくてもよかったのに」

 布団の上に座って、は一息ついた。

「長屋育ちの私には、このくらいで充分」

 何だ。
 広い所が恐いわけじゃねぇのか。
 自分には畳み二畳分が合ってるってか。
 まぁ、でも、きっと広い所じゃ、寂しいんだろうけど。

 こういう独り言を、薬売りは聞いたことないんだろうな。
 ちょっとした優越感ってやつ?


「おやすみ、天秤さん」


 浸っていると、声を掛けられた。
 は、俺の方を見てにっこり笑っている。

 俺はピョンと飛び跳ねてそれに答える。

 おやすみ、
 いい夢見ろよ!


 やがて寝息を立て始めた
 強くて、いい性格をして、一人でも大丈夫で、そんな女なのに、寝顔はあどけなくて、可愛いもんだな。



 よし、俺も警戒を怠らねぇぜ。






















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2013/9/15