幕間第六十一巻


〜天秤の憂鬱・弐〜






 …む。


 が寝付いてから暫くして、気配を感じた。


 まだ距離はあるけど、こっちに向かってくる。


 急いでるように感じるな。






 くそ。


 何で戻ってくるんだよ、薬売り!!








 その気配は感じ慣れた薬売りのもので、気配が近付くと共に、やがて忍ばせた足音も近付いてきた。


 静かに襖を滑らせると、音もなく部屋に入って、また静かに襖を閉じる。
 それと同時に、ひんやりとした空気も流れ込んだ。


 薬売り独特の香りの中に、酒の匂いが混じってる。
 って、俺、鼻あったっけ?

 まぁ、いっか。

 とにかく、そんな感じがムンムンする。

 早く帰りたい一心で、客にしこたま飲ませて泥酔させたんだな。


 薬売りは行李も下ろさずに、部屋の隅で寝ているへと近付いた。
 俺には目もくれない。

 一度の顔を覗きこんで満足したのか、そこで漸く行李を下ろした。
 そしての傍らに座り込む。


 って、触んなよ!


 起きるだろーが!


 薬売りは徐に手を伸ばすと、の髪を撫でやがった。
 その流れで頬にまで触ってる。

「ただ今、戻りましたよ、…

 いくら小声とはいえ、起きるっつってんだろ!


 …って、え?


 今、何てった?
 おい、薬売り。
 お前、まさか一人んときだけ“”呼びなのか?


 …こんの…根性無しが!!


 俺の叫びなんか聞こえている訳もなく、薬売りはまたの髪を弄んだ。

「またこんな隅の方に…。本当に、貴女ってぇ人は…」

 一人何処か納得したように笑って、それで漸く満足したのか、俺のほうに目を向けた。


「ご苦労さま、でしたね。変わりは、ありませんでしたか」

 俺は、前傾して頷いた。
 …が、寂しそうだったけどな。
 教えてやんないけど。

 俺の返事に一つ頷くと、薬売りは腰を上げて押入れに向かった。
 静かに自分の分の布団を取り出すと、の布団のすぐ傍に広げた。
 それから身支度を終えて、その布団に潜り込んだ。

 横になっても、の方を向いてやがる。
 も、寝てる間にこんなに見られてるとは思わないだろうな。

 知ったら赤面ものだな。


 は免疫なさそうな上に、照れ屋だからな。
 それでいて薬売りは、お構いなしだし。




 何か、腹が立ってきた。




 なんで、俺がこんないちゃついてる奴らを守んなきゃいけねーんだ!?

 一人ならまだしも、薬売りがいるなら俺、いらねーじゃん!
 つーか、帰ってくんなよ!



 早く引き出しに戻せ!
 皆の所に帰らせろ!





 皆、こんなのよく黙って見て来たよな。
 やっと順番が回ってきたって喜んだけど、これだったら当分回ってこなくていいわ。





 俺は二人に背を向けると、他に気を取られないために、超厳戒態勢に入った。















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2013/9/29