雪が降り出しそうな空の下を、急いで帰った。
息は真っ白に染まり、すれ違う人々は急ぎ足だ。
皆、鼻の先も耳の先も真っ赤だ。
かく言う俺は、多分普段と変わらない。
寒くても顔色は変わらないし、暑くても汗はかかない。
自分でも不思議で便利な体質だと思う。
それでも、耳の先も鼻の先も、ピリピリと痛いくらいに冷たい。
早く、宿へ戻ろう。
また足を速めた。
「お帰りなさい」
部屋へ入ると、暖かい空気とともに、温かい声が迎えてくれた。
さんが、立ち上がる。
「ただ今、戻りました」
俺の返事に笑みを浮かべて、手拭を渡してくれる。
「降って来ましたね」
「えぇ」
「良かった、あまり濡れてないみたいですね」
「まだ、降り始め、ですから」
行李を下ろすのを手伝ってくれる。
もう、すっかり…。
「寒かったですよね。今、お茶かお酒を」
「さん」
「はい?」
離れようとするさんを引き止める。
「温めて、くれませんか」
「は、はい!?」
ほぅら、固まった。
多分、俺の言い方の問題だろう。
けれど、俺は何も言わずにさんの両手を取る。
そうして、その手を自分の両耳に宛がう。
「!???」
やはり、固まった。
驚いた顔をして、けれど視線は方々に彷徨う。
「…え、えぇっと」
徐々に頬が染まっていくのが見て取れる。
その反応が、面白くて、嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。
「何を、驚いているんで。冬は寒いと、言ったでしょう」
「そ、そうですけど、何も私で温まらなくても…」
「言ったはずですよ。これからは、貴女にこうして温めてもらったり、冷やしてもらえる、と」
「えぇ? 聞いてません」
確かに、最後までは言っていなかったかもしれない。
「俺が、こうして温めて欲しいんですよ。貴女に」
「…薬売りさん」
困った顔をするさん。
「いいんですよ」
「本当ですか?」
頷いてやると、嬉しそうに表情を和らげた。
あえて、“触れていい”とは言わなかった。
さんを、試そうと言うわけじゃないが、俺の意をどれだけ汲み取れるのか、見たかった。
今後、さんの、俺の耳への反応がどんなものになるか、見たかった。
耳だけじゃなく、俺自身への反応も。
さんが躊躇わずに俺に触れてくれるようになればいい。
俺の耳に触れる口実は作ってあげたのだから。
これで俺も、気にしなくて済む。
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季節が追い付いてきた感が…
2013/11/3