幕間第六十二巻
〜気になるんです・弐〜







 雪が降り出しそうな空の下を、急いで帰った。
 息は真っ白に染まり、すれ違う人々は急ぎ足だ。
 皆、鼻の先も耳の先も真っ赤だ。

 かく言う俺は、多分普段と変わらない。
 寒くても顔色は変わらないし、暑くても汗はかかない。
 自分でも不思議で便利な体質だと思う。

 それでも、耳の先も鼻の先も、ピリピリと痛いくらいに冷たい。

 早く、宿へ戻ろう。
 また足を速めた。







「お帰りなさい」


 部屋へ入ると、暖かい空気とともに、温かい声が迎えてくれた。
 さんが、立ち上がる。

「ただ今、戻りました」

 俺の返事に笑みを浮かべて、手拭を渡してくれる。

「降って来ましたね」
「えぇ」
「良かった、あまり濡れてないみたいですね」
「まだ、降り始め、ですから」

 行李を下ろすのを手伝ってくれる。
 もう、すっかり…。

「寒かったですよね。今、お茶かお酒を」
さん」
「はい?」

 離れようとするさんを引き止める。




「温めて、くれませんか」




「は、はい!?」




 ほぅら、固まった。



 多分、俺の言い方の問題だろう。



 けれど、俺は何も言わずにさんの両手を取る。

 そうして、その手を自分の両耳に宛がう。



「!???」



 やはり、固まった。
 驚いた顔をして、けれど視線は方々に彷徨う。



「…え、えぇっと」



 徐々に頬が染まっていくのが見て取れる。
 その反応が、面白くて、嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。



「何を、驚いているんで。冬は寒いと、言ったでしょう」
「そ、そうですけど、何も私で温まらなくても…」
「言ったはずですよ。これからは、貴女にこうして温めてもらったり、冷やしてもらえる、と」
「えぇ? 聞いてません」

 確かに、最後までは言っていなかったかもしれない。

「俺が、こうして温めて欲しいんですよ。貴女に」
「…薬売りさん」

 困った顔をするさん。

「いいんですよ」
「本当ですか?」

 頷いてやると、嬉しそうに表情を和らげた。


 あえて、“触れていい”とは言わなかった。
 さんを、試そうと言うわけじゃないが、俺の意をどれだけ汲み取れるのか、見たかった。

 今後、さんの、俺の耳への反応がどんなものになるか、見たかった。
 耳だけじゃなく、俺自身への反応も。


 さんが躊躇わずに俺に触れてくれるようになればいい。
 俺の耳に触れる口実は作ってあげたのだから。


 これで俺も、気にしなくて済む。
















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季節が追い付いてきた感が…


2013/11/3