幕間第六十三巻
〜弟子入り・壱〜







 青い着物。
 紫の手拭。
 色の無いクセ毛。
 高下駄に行李。
 女顔に赤い隈取。


 間違いない。


 あいつだ。
 あいつが薬売りだ。



 行李を背負って歩き出した男を、全力で追いかけた。


「おい!!! お前が薬売りか!?」


 大声で呼びかけると、そいつは足を止めてゆっくりと振り返った。
 隣を歩いていた女もこっちを向いた。

「薬売りか!?」
「まぁ、そうですね」

 高下駄のせいなのか何なのか、俺はそいつを随分と見上げなきゃいけない。

 近くで見ると、すげぇ怪しい。
 こんな奴から薬なんて買っていいのかって思う。
 それに、隣の女。
 俺のこと不思議そうに見やがって。
 何なんだよ。

「俺に何か、用、ですか」

 って、この喋り方!?
 もったいぶってんじゃねぇ。

「お前、薬売りなんだよな」
「だから、そう答えているじゃあ、ないですか」


 こんな奴で、本当にいいのか?
 本当にいいのか??
 こんな胡散臭い奴で。


 本当に??


 俺が頭の中でぐるぐると考えていると、そいつら二人は顔を見合わせて首を傾げやがった。


 もういい。
 決めた!




「俺を弟子にしろ!!!!!」




 よし、言った。

 言ってやった。



「弟子、ですか」

「そうだ、弟子だ!!」

「何故」

「薬売りになりたいからに決まってんだろ!!」

「ほぅ」


 何だ、何なんだ!?
 笑いやがった!


「薬売りになりたいなんてぇ、珍しい」

「珍しいもんか! 行商なんて、いくらでもいるだろ!」

「だったら、他をあたって、くれませんか」


 しまった!
 意外と手強いぞ、こいつ。


「お前の弟子になりたいって、言ってんだ!」

「何故、俺なんで」

「目立つから!!」

「はぁ…」

 うっわ、思いっきり呆れやがった。
 隣の女も小さく笑ってやがる。

「何がいけねーんだ!」

「何と、言われても、ねぇ」

「家柄か!? 次男か!? 支度金か!?」

 な、なんでそんな二人揃って目ぇ丸くするんだよ。
 そんでまた笑いやがる。

「そんなもの、必要、ありませんよ」

「じゃあ、何が」

「俺に、弟子を取るつもりが、ないから、ですよ」

「なっ」

 そんな訳無いだろ!

 だって…


「じゃあ、そこに居る女は何だよ、弟子だろ!?」


 思いっきり指差してやったからな。
 言っとくけど、謝らねぇ!

「わ、私ですか…?」

 何だよ、その驚いた顔は!
 しかもまた二人で顔見合わせてるし!!

「当たらずも、遠からず、ですか?」

 女が薬売りに聞いてる。
 はっきりしろよ!
 どうせくっついて歩いてるだけだろ!

「いえ。全くの外れだと、思いますが」

 うぇ、何でそんな怒ってんの??

 何か急に寒気が…。


「坊、名は」

「…は、隼人」

「歳は」

「十二」

「今は、何を」

「お店で丁稚奉公」

「…それが、嫌、ですか」

「…」


 何だよ、こいつ。
 下働きが嫌で、何が悪いんだよ。
 ずっとこんな暮らしなんだ。
 俺はずっと…。

「此処から出たいんだ…!」

 小さい頃から働きに出されて。
 満足な給金も貰えなくて。
 おっとうにもおっかあにも会えなくて。
 店の奴らに当たられて。
 何処にも逃げ場が無くて。

 自分の力じゃどうにもならない。

 だから…。

 …誰かに、連れ出して欲しいんだ…。

「どうにも出来ないんだ…」



 俺の、人生なのに。













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2014/1/12