青い着物。
紫の手拭。
色の無いクセ毛。
高下駄に行李。
女顔に赤い隈取。
間違いない。
あいつだ。
あいつが薬売りだ。
行李を背負って歩き出した男を、全力で追いかけた。
「おい!!! お前が薬売りか!?」
大声で呼びかけると、そいつは足を止めてゆっくりと振り返った。
隣を歩いていた女もこっちを向いた。
「薬売りか!?」
「まぁ、そうですね」
高下駄のせいなのか何なのか、俺はそいつを随分と見上げなきゃいけない。
近くで見ると、すげぇ怪しい。
こんな奴から薬なんて買っていいのかって思う。
それに、隣の女。
俺のこと不思議そうに見やがって。
何なんだよ。
「俺に何か、用、ですか」
って、この喋り方!?
もったいぶってんじゃねぇ。
「お前、薬売りなんだよな」
「だから、そう答えているじゃあ、ないですか」
こんな奴で、本当にいいのか?
本当にいいのか??
こんな胡散臭い奴で。
本当に??
俺が頭の中でぐるぐると考えていると、そいつら二人は顔を見合わせて首を傾げやがった。
もういい。
決めた!
「俺を弟子にしろ!!!!!」
よし、言った。
言ってやった。
「弟子、ですか」
「そうだ、弟子だ!!」
「何故」
「薬売りになりたいからに決まってんだろ!!」
「ほぅ」
何だ、何なんだ!?
笑いやがった!
「薬売りになりたいなんてぇ、珍しい」
「珍しいもんか! 行商なんて、いくらでもいるだろ!」
「だったら、他をあたって、くれませんか」
しまった!
意外と手強いぞ、こいつ。
「お前の弟子になりたいって、言ってんだ!」
「何故、俺なんで」
「目立つから!!」
「はぁ…」
うっわ、思いっきり呆れやがった。
隣の女も小さく笑ってやがる。
「何がいけねーんだ!」
「何と、言われても、ねぇ」
「家柄か!? 次男か!? 支度金か!?」
な、なんでそんな二人揃って目ぇ丸くするんだよ。
そんでまた笑いやがる。
「そんなもの、必要、ありませんよ」
「じゃあ、何が」
「俺に、弟子を取るつもりが、ないから、ですよ」
「なっ」
そんな訳無いだろ!
だって…
「じゃあ、そこに居る女は何だよ、弟子だろ!?」
思いっきり指差してやったからな。
言っとくけど、謝らねぇ!
「わ、私ですか…?」
何だよ、その驚いた顔は!
しかもまた二人で顔見合わせてるし!!
「当たらずも、遠からず、ですか?」
女が薬売りに聞いてる。
はっきりしろよ!
どうせくっついて歩いてるだけだろ!
「いえ。全くの外れだと、思いますが」
うぇ、何でそんな怒ってんの??
何か急に寒気が…。
「坊、名は」
「…は、隼人」
「歳は」
「十二」
「今は、何を」
「お店で丁稚奉公」
「…それが、嫌、ですか」
「…」
何だよ、こいつ。
下働きが嫌で、何が悪いんだよ。
ずっとこんな暮らしなんだ。
俺はずっと…。
「此処から出たいんだ…!」
小さい頃から働きに出されて。
満足な給金も貰えなくて。
おっとうにもおっかあにも会えなくて。
店の奴らに当たられて。
何処にも逃げ場が無くて。
自分の力じゃどうにもならない。
だから…。
…誰かに、連れ出して欲しいんだ…。
「どうにも出来ないんだ…」
俺の、人生なのに。
NEXT
2014/1/12