幕間第六十九巻



〜初恋・弐〜





 私は光太郎さんのことを話した。
 昔のことも、さっきのことも。
 また会えないかと言われたことも。
 それに返事をしなかったことも。



 薬売りさんは、話を聞き終わると口角を上げてゆっくりと瞬きをした。

「賢明な判断、でしたね」

「…だって」

 この前“自覚がない”と言われたばかりだから。
 薬売りさん以外の男の人と会うのに、薬売りさんに知らせないわけにはいかない。
 さすがにその位のことは分かる。

 まして、それが初恋の人なら。

「会いたい、ですか」

「え…?」

「貴女が、その人と会って話をしたいなら」

 思っていた答えではなかった。
 てっきり、会うなと言われるかと。

「そうですか…」

 何処か、肩透かしを食らったような。

 そう、薬売りさんだのも。
 私が誰と会おうと、気にしないんだ。
 そんな狭量な人じゃない。
 この前みたいに、攫われたわけじゃないし。

 でも…



「会いません」

「…何故」

「もう出立も迫ってるし、その暇があったら働きます」

「そう、ですか」

「何て言うか、思い出は思い出のままがいいと思うんです」

 幼い頃の淡い気持ち。
 今よりも無垢で、純粋で、何も背負ってなかった頃の。


「それに…」


 ちらりと、上目遣いで薬売りさんを見る。
 薬売りさんは小さく首を傾げた。



「薬売りさんは、きっと、会って欲しくないかなって」



 言ってから、可笑しくて笑ってしまった。


「笑いすぎですよ」

 珍しく眉間に皺が寄っている。
 そんな反応するなんて、全然思ってなかった。

「…え、あの…」

 もしかして、意外にも図星だったのかもしれない。
 でも、そんな訳…。

 言ったこっちが、逆に恥ずかしくなる。
 何も言えず、手元に視線を落とす。

 針を持ち直して、何でもない風に振舞ってみる。


 そしてまた、チクチクと縫い始めてみた。



 暫くそうしていると、薬売りさんが軽く息を吐く音が聞こえた。





「分かって来たじゃあ、ないですか」




 小さくそう言った薬売りさんの顔が、とても嬉しそうに見えた。












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2014/10/19