私は光太郎さんのことを話した。
昔のことも、さっきのことも。
また会えないかと言われたことも。
それに返事をしなかったことも。
薬売りさんは、話を聞き終わると口角を上げてゆっくりと瞬きをした。
「賢明な判断、でしたね」
「…だって」
この前“自覚がない”と言われたばかりだから。
薬売りさん以外の男の人と会うのに、薬売りさんに知らせないわけにはいかない。
さすがにその位のことは分かる。
まして、それが初恋の人なら。
「会いたい、ですか」
「え…?」
「貴女が、その人と会って話をしたいなら」
思っていた答えではなかった。
てっきり、会うなと言われるかと。
「そうですか…」
何処か、肩透かしを食らったような。
そう、薬売りさんだのも。
私が誰と会おうと、気にしないんだ。
そんな狭量な人じゃない。
この前みたいに、攫われたわけじゃないし。
でも…
「会いません」
「…何故」
「もう出立も迫ってるし、その暇があったら働きます」
「そう、ですか」
「何て言うか、思い出は思い出のままがいいと思うんです」
幼い頃の淡い気持ち。
今よりも無垢で、純粋で、何も背負ってなかった頃の。
「それに…」
ちらりと、上目遣いで薬売りさんを見る。
薬売りさんは小さく首を傾げた。
「薬売りさんは、きっと、会って欲しくないかなって」
言ってから、可笑しくて笑ってしまった。
「笑いすぎですよ」
珍しく眉間に皺が寄っている。
そんな反応するなんて、全然思ってなかった。
「…え、あの…」
もしかして、意外にも図星だったのかもしれない。
でも、そんな訳…。
言ったこっちが、逆に恥ずかしくなる。
何も言えず、手元に視線を落とす。
針を持ち直して、何でもない風に振舞ってみる。
そしてまた、チクチクと縫い始めてみた。
暫くそうしていると、薬売りさんが軽く息を吐く音が聞こえた。
「分かって来たじゃあ、ないですか」
小さくそう言った薬売りさんの顔が、とても嬉しそうに見えた。
NEXT
2014/10/19