天井を見つめたまま、もう、どれくらいの時が経っただろう。
長い時が経ったような気もするし、少しも進んでいない気もする。
暗がりの中で、小さく溜め息をついた。
明りを消して、布団に入って、目を閉じた。
でも、一向に眠れなかった。
今夜はとても冷え込んでいる。
二重の木戸を閉めても、あるだけの布団を掛けても、襟巻きを巻いても。
何をしても寒い。
お風呂を頂いてすぐに床に就いたのに、もう冷えてしまったらしい。
爪先から冷えていくのが分かった。
湯たんぽでも借りておけばよかった…。
天井との睨めっこをやめて、寝返りを打つ。
そのまま背中を丸めて、足を曲げて、縮こまってみた。
これで少しは温かくなればいいのに。
「…」
無意識に身体を右に向けたことを後悔する。
視線の先には、静かに眠る薬売りさん。
本当に生きているのかと思うくらい、静か。
寝息も聞こえてこない。
でも、規則的に上下する胸で、ちゃんと息をしていると分かる。
この寒さも、薬売りさんの眠りには関係ないみたい。
ふわふわの髪が温かそう。
髪を纏めてないから、耳も寒くないはず。
布団の上に掛けた薬売りさんの着物も上等なものだから、きっと温かい。
うん。
このまま薬売りさんを愛でる会にしよう。
ずっと見ていても飽きない。
それに、すっかり寝ている薬売りさんを見ていれば、そのうち眠くなるかもしれない。
こんなに綺麗な横顔を独り占めなんて、贅沢…。
睫毛は長くて、スッと鼻筋が通って。
紫の紅を引かない唇…。
…少し、思い出してしまった。
ちょっとだけ、熱くなった気がした。
とにかく、何処をどう見ても、綺麗の一言。
特にこの、空を湛えた瞳。
どうしてそんな色なんだろう。
…?
瞳…?
空色の…瞳!!???
「あまり、見ないで、くれませんか」
薬売りさんが…、こっちを向いている。
ええええぇぇぇぇぇ??
いつの間に、そんな!?
「えぇ、あ、あのっ…、起きてたんですか??」
思わず隠れるように布団に顔を埋める。
「これだけ見られてちゃあ、気になるってぇもんですよ」
「す、すみませんっ。起こしてしまって…その…」
急に熱くなってきた。
これじゃ、逆に眠れないかも…。
「眠れませんか」
「…えっと、はい」
「寒い、ですか」
「はい、何だか冷えてしまって」
本当にばつが悪い。
眠れないのは自分だけでいいのに。
薬売りさんを起こしてどうする。
「さん」
薬売りさんに呼ばれて、布団から顔を上げた。
仰向けだったはずの薬売りさんが、こちらに身体を向けている。
「こちらへ、来ませんか」
は、い?
「一人より、温かい、ですよ」
「な、何、何言ってるんですかっ」
そんな事、出来るわけない!
薬売りさんと同じ布団に??
温かいを通り越して、熱い。
しかも、顔だけが猛烈に。
変な汗までかいてきた。
「少々、窮屈かも、しれませんがね」
そういう問題じゃないんです。
「布団から出ないよう、気をつけますから」
そういう問題でもなくて。
「さん」
私が困ってるって、分かってるくせに。
「…何も、しやしませんよ」
「何もって」
「このまま眠れずに、朝を迎えるつもり、ですか」
「…」
明日は奉公先を探して回らなきゃいけなから、眠れなきゃ困る。
困るけど…。
だからって…。
「さん」
薬売りさんは、少しだけ自分の布団を浮かせて、私を迎える用意をした。
そこから、冷たい空気が入ってしまう。
そしたら、薬売りさんの方が冷えてしまう。
…反則だ。
「そうやって、逃げられなくするんです」
「どうやっても、貴女をこちらに迎えたいから、ですよ」
軽く睨んでも、薬売りさんは動じない。
「もぅ…」
私は、意を決して自分の布団を出た。
NEXT
2014/11/30