幕間第七十巻


〜こちらへ・壱〜






 天井を見つめたまま、もう、どれくらいの時が経っただろう。

 長い時が経ったような気もするし、少しも進んでいない気もする。

 暗がりの中で、小さく溜め息をついた。




 明りを消して、布団に入って、目を閉じた。
 でも、一向に眠れなかった。

 今夜はとても冷え込んでいる。
 二重の木戸を閉めても、あるだけの布団を掛けても、襟巻きを巻いても。
 何をしても寒い。

 お風呂を頂いてすぐに床に就いたのに、もう冷えてしまったらしい。
 爪先から冷えていくのが分かった。
 湯たんぽでも借りておけばよかった…。


 天井との睨めっこをやめて、寝返りを打つ。
 そのまま背中を丸めて、足を曲げて、縮こまってみた。
 これで少しは温かくなればいいのに。

「…」

 無意識に身体を右に向けたことを後悔する。
 視線の先には、静かに眠る薬売りさん。
 本当に生きているのかと思うくらい、静か。
 寝息も聞こえてこない。
 でも、規則的に上下する胸で、ちゃんと息をしていると分かる。

 この寒さも、薬売りさんの眠りには関係ないみたい。



 ふわふわの髪が温かそう。
 髪を纏めてないから、耳も寒くないはず。
 布団の上に掛けた薬売りさんの着物も上等なものだから、きっと温かい。


 うん。
 このまま薬売りさんを愛でる会にしよう。


 ずっと見ていても飽きない。
 それに、すっかり寝ている薬売りさんを見ていれば、そのうち眠くなるかもしれない。






 こんなに綺麗な横顔を独り占めなんて、贅沢…。
 睫毛は長くて、スッと鼻筋が通って。
 紫の紅を引かない唇…。
 …少し、思い出してしまった。
 ちょっとだけ、熱くなった気がした。

 とにかく、何処をどう見ても、綺麗の一言。
 特にこの、空を湛えた瞳。
 どうしてそんな色なんだろう。


 …?


 瞳…?


 空色の…瞳!!???



「あまり、見ないで、くれませんか」


 薬売りさんが…、こっちを向いている。


 ええええぇぇぇぇぇ??

 いつの間に、そんな!?


「えぇ、あ、あのっ…、起きてたんですか??」


 思わず隠れるように布団に顔を埋める。


「これだけ見られてちゃあ、気になるってぇもんですよ」

「す、すみませんっ。起こしてしまって…その…」

 急に熱くなってきた。
 これじゃ、逆に眠れないかも…。

「眠れませんか」

「…えっと、はい」

「寒い、ですか」

「はい、何だか冷えてしまって」


 本当にばつが悪い。
 眠れないのは自分だけでいいのに。
 薬売りさんを起こしてどうする。


さん」

 薬売りさんに呼ばれて、布団から顔を上げた。

 仰向けだったはずの薬売りさんが、こちらに身体を向けている。



「こちらへ、来ませんか」



 は、い?



「一人より、温かい、ですよ」

「な、何、何言ってるんですかっ」

 そんな事、出来るわけない!
 薬売りさんと同じ布団に??

 温かいを通り越して、熱い。
 しかも、顔だけが猛烈に。
 変な汗までかいてきた。

「少々、窮屈かも、しれませんがね」

 そういう問題じゃないんです。

「布団から出ないよう、気をつけますから」

 そういう問題でもなくて。


さん」


 私が困ってるって、分かってるくせに。


「…何も、しやしませんよ」

「何もって」

「このまま眠れずに、朝を迎えるつもり、ですか」

「…」


 明日は奉公先を探して回らなきゃいけなから、眠れなきゃ困る。
 困るけど…。
 だからって…。


さん」


 薬売りさんは、少しだけ自分の布団を浮かせて、私を迎える用意をした。

 そこから、冷たい空気が入ってしまう。
 そしたら、薬売りさんの方が冷えてしまう。

 …反則だ。


「そうやって、逃げられなくするんです」

「どうやっても、貴女をこちらに迎えたいから、ですよ」


 軽く睨んでも、薬売りさんは動じない。

「もぅ…」



 私は、意を決して自分の布団を出た。

















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2014/11/30