幕間第七十三巻
〜侍と庭師〜





「あの方を嫁に娶るまでは、死んでも死にきれん!!」

「いや、アンタもう死んでるから…」

「まだ魂はここにあるではないか!」

「魂だけじゃ見えないだろ…?」

「きっとあの方には見えるはずだ!」

「何を根拠に言ってんだ」

「あの方と私は、心で通じているのだ!」

「あー、はいはい」


 思い込みの激しそうなお侍と、やる気のなさそうな町人。
 二人が文字通り草葉の陰で、そんなやり取りをしていた。

 それを偶然聞いていたのは薬売りとだった。
 小気味よい調子で進んでいく会話が、笑いを誘う。


「お春殿は、私が死んだことを知らされてもいない…!」

「だって関わりないじゃん」

「そんなことはない! 何度もお会いして、何度も言葉を交わしたのだ」

「何人も家臣抱えてたら、その程度いくらでも居るだろうに」

「わ、私はいつも、気持ちを込めて挨拶をしていた…!」

「一方的にだろ?」


 拳を握りしめるお侍に対し、頭の後ろで両手を組む町人。


「いい加減納得して成仏しないもんかなぁ」

「何を納得すると!?」

「自分が死んだこと。お春さんに振り向いてもらえなかったこと。その他諸々」

「言うな! …確かに私は…、全ての事がまだ道半ばだった。しかし」

「お春さんだけは諦められないってか。とんだお侍さんだぜ」

「うぐ…っ。だ、大体、お前だって何故成仏しない!」

「それは、俺の勝手だ」

「ならば、私も私の勝手だろう!」




「ふふっ」

「笑っちゃあ失礼ですよ、さん」

「だ、だって…ふふふ」


 暫く二人の会話を聞いていたは、堪えることが出来ずに吹き出していた。
 を注意する薬売りも、どうみても面白がっている顔だ。


「な、何だい、お前さん方。俺たちが見えるのかい?」

「盗み聞きなど、無礼な!」


 男二人は、突然笑われたことに驚き身構えた。

「盗み聞きなんてぇ、心外ですよ」

 アンタたちが勝手に喋っていたんだ、と薬売りは呆れた声で言う。

「聞かれているとは思わなんだ…」

 罰の悪い顔でお侍が腕組みをする。

「世の中不思議な人もいたもんだぜっ」

 町人の男が肩を竦めた。

「お前が言えた義理か」

「お前もなっ」

 お侍の言葉に町人はすかさず答える。
 その反応の速さに、はまた笑ってしまった。

 それぞれ自己紹介をして、それぞれを不思議がった。
 お侍は脇坂と言い、町人は弥一と言った。



「それで、お春さんと言う方は、あちらのお屋敷にお住いの方なんですか?」

 は一頻り笑った後で、二人にそう聞いた。

 視線の先、水路と道を挟んだ向こう側に、その屋敷はあった。

「あぁ、小村勝太郎様の次女。とてもお美しく、繊細な方だ」

「何を偉そうに言ってんだよ」

 いちいち突っかかっていく弥一。

「小村様の次女…ですか」

 薬売りがぽつりと言った。
 も何か引っかかったのか、薬売りと視線を合わせる。


「な、何だ?」

 脇坂は身構える。

「いえね、小村様の次女がお春様なら、お春様には、突然縁談が舞い込んだとか」

「なんと…!!」

 愕然とする脇坂。
 意外な展開に弥一も目を丸くした。

「…何でアンタらがそんなこと知ってるんだい?」

「俺たちは、ついさっきまで、あの屋敷で商売をしていたんですよ。流れで、そんな話を…」

「それで、相手が誰だか聞いたのか?」

 薬売りとは視線を合わせて、誰だったか、と思い返した。

「そう言えば、仙石様がどうのと、言っていた気もしますね」

 薬売りがぼんやりと呟いた。

「仙石…、 徳之進殿か…!?」

 まさか、という顔をして脇坂は額に手を当てた。

「…悔しいが、申し分ないお方だ…」

「死んでるのに悔しがる意味が分かんねぇ。けど、元気出せよ」

 弥一が脇坂の肩を軽く叩き慰める。

「でも、確か、お春様には想い人がいらっしゃるそうで、上手く話がすすまないとか」

「何!?」
「想い人!?」
「何処のどいつだ!?」

 の一言に、二人は過剰なまでの反応を見せる。
 はたじろいで、後ろへ一歩下がる。

「どうしても、もう一度会いたいってぇ事で、探させているらしい、ですぜ」
「見つからないようですけど」
「だから、それは何処のどいつなんだい!」

 薬売りとはもう一度顔を見合わせる。

「一度だけ、庭の手入れに来たことのある、若い庭師…だとか」
「半年くらい前って言ってましたよね?」
「えぇ。いつもは親方が来るそうですが、その日は都合が悪く、別の、若い庭師が来たとか」

 二人の答えに、脇坂は項垂れる。
 お春の想いの宛てが、武士ではなく町人だということに衝撃を受けていた。
 それだけではなく、たった一度、庭の手入れに来ただけの男に、何度も会っている自分が負けたのかと愕然としているようだ。

 けれど一方の弥一は、黙ったまま、固まっていた。

「くそぅ、庭師か…何故そんな」


 脇坂が何か言っても、弥一からは何の反応もない。



「悪い…」



 ぽつりと、弥一が言った。



「それ、俺だ…」

















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この話は何だかとても気に入ってます。

楽しんでいただけたら幸いです。

2015/5/31