「あの方を嫁に娶るまでは、死んでも死にきれん!!」
「いや、アンタもう死んでるから…」
「まだ魂はここにあるではないか!」
「魂だけじゃ見えないだろ…?」
「きっとあの方には見えるはずだ!」
「何を根拠に言ってんだ」
「あの方と私は、心で通じているのだ!」
「あー、はいはい」
思い込みの激しそうなお侍と、やる気のなさそうな町人。
二人が文字通り草葉の陰で、そんなやり取りをしていた。
それを偶然聞いていたのは薬売りとだった。
小気味よい調子で進んでいく会話が、笑いを誘う。
「お春殿は、私が死んだことを知らされてもいない…!」
「だって関わりないじゃん」
「そんなことはない! 何度もお会いして、何度も言葉を交わしたのだ」
「何人も家臣抱えてたら、その程度いくらでも居るだろうに」
「わ、私はいつも、気持ちを込めて挨拶をしていた…!」
「一方的にだろ?」
拳を握りしめるお侍に対し、頭の後ろで両手を組む町人。
「いい加減納得して成仏しないもんかなぁ」
「何を納得すると!?」
「自分が死んだこと。お春さんに振り向いてもらえなかったこと。その他諸々」
「言うな! …確かに私は…、全ての事がまだ道半ばだった。しかし」
「お春さんだけは諦められないってか。とんだお侍さんだぜ」
「うぐ…っ。だ、大体、お前だって何故成仏しない!」
「それは、俺の勝手だ」
「ならば、私も私の勝手だろう!」
「ふふっ」
「笑っちゃあ失礼ですよ、さん」
「だ、だって…ふふふ」
暫く二人の会話を聞いていたは、堪えることが出来ずに吹き出していた。
を注意する薬売りも、どうみても面白がっている顔だ。
「な、何だい、お前さん方。俺たちが見えるのかい?」
「盗み聞きなど、無礼な!」
男二人は、突然笑われたことに驚き身構えた。
「盗み聞きなんてぇ、心外ですよ」
アンタたちが勝手に喋っていたんだ、と薬売りは呆れた声で言う。
「聞かれているとは思わなんだ…」
罰の悪い顔でお侍が腕組みをする。
「世の中不思議な人もいたもんだぜっ」
町人の男が肩を竦めた。
「お前が言えた義理か」
「お前もなっ」
お侍の言葉に町人はすかさず答える。
その反応の速さに、はまた笑ってしまった。
それぞれ自己紹介をして、それぞれを不思議がった。
お侍は脇坂と言い、町人は弥一と言った。
「それで、お春さんと言う方は、あちらのお屋敷にお住いの方なんですか?」
は一頻り笑った後で、二人にそう聞いた。
視線の先、水路と道を挟んだ向こう側に、その屋敷はあった。
「あぁ、小村勝太郎様の次女。とてもお美しく、繊細な方だ」
「何を偉そうに言ってんだよ」
いちいち突っかかっていく弥一。
「小村様の次女…ですか」
薬売りがぽつりと言った。
も何か引っかかったのか、薬売りと視線を合わせる。
「な、何だ?」
脇坂は身構える。
「いえね、小村様の次女がお春様なら、お春様には、突然縁談が舞い込んだとか」
「なんと…!!」
愕然とする脇坂。
意外な展開に弥一も目を丸くした。
「…何でアンタらがそんなこと知ってるんだい?」
「俺たちは、ついさっきまで、あの屋敷で商売をしていたんですよ。流れで、そんな話を…」
「それで、相手が誰だか聞いたのか?」
薬売りとは視線を合わせて、誰だったか、と思い返した。
「そう言えば、仙石様がどうのと、言っていた気もしますね」
薬売りがぼんやりと呟いた。
「仙石…、 徳之進殿か…!?」
まさか、という顔をして脇坂は額に手を当てた。
「…悔しいが、申し分ないお方だ…」
「死んでるのに悔しがる意味が分かんねぇ。けど、元気出せよ」
弥一が脇坂の肩を軽く叩き慰める。
「でも、確か、お春様には想い人がいらっしゃるそうで、上手く話がすすまないとか」
「何!?」
「想い人!?」
「何処のどいつだ!?」
の一言に、二人は過剰なまでの反応を見せる。
はたじろいで、後ろへ一歩下がる。
「どうしても、もう一度会いたいってぇ事で、探させているらしい、ですぜ」
「見つからないようですけど」
「だから、それは何処のどいつなんだい!」
薬売りとはもう一度顔を見合わせる。
「一度だけ、庭の手入れに来たことのある、若い庭師…だとか」
「半年くらい前って言ってましたよね?」
「えぇ。いつもは親方が来るそうですが、その日は都合が悪く、別の、若い庭師が来たとか」
二人の答えに、脇坂は項垂れる。
お春の想いの宛てが、武士ではなく町人だということに衝撃を受けていた。
それだけではなく、たった一度、庭の手入れに来ただけの男に、何度も会っている自分が負けたのかと愕然としているようだ。
けれど一方の弥一は、黙ったまま、固まっていた。
「くそぅ、庭師か…何故そんな」
脇坂が何か言っても、弥一からは何の反応もない。
「悪い…」
ぽつりと、弥一が言った。
「それ、俺だ…」
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この話は何だかとても気に入ってます。
楽しんでいただけたら幸いです。
2015/5/31