「それ、俺だ…」
その言葉に、脇坂だけでなく、薬売りもも目を丸くした。
「どういう事だ、お前…! お前…庭師、なのか…?」
脇坂が弥一に詰め寄る。
「あぁ、庭師だ。確かに一度、あの屋敷の庭木の手入れをしたことはある。でも、娘さんには会ったことはねぇよ」
「では、どうしてお春殿はお前の事を…」
「さぁて、そこまでは。兎にも角にも、その庭師がアンタなら、もう、会うことは出来ませんね」
「し、しかし、もう一度会えなければ、縁談は進まぬのだろう…?」
「おい、進んでいいのかよ」
「…私はもう死んだ身。お相手が徳之進殿ならば、文句のつけようがない…潔く身を引くのが武士だ…」
「さっきまでと正反対なこと言ってんぞ、アンタ」
いつの間にか、また二人の掛け合いに戻っている。
「納得は出来るが、やはり気持ちは伝えて逝きたいものだ…」
真剣な顔をして、脇坂がぽつりと言った。
「だったら、こうしては、そうです」
薬売りが言う。
「脇坂様は、気持ちを伝えると共に、弥一さんをお春様の前に、連れて行く」
死んだことを伝えられていないのであれば、脇坂がお春の前に現れても不審がられない。
お春は弥一に会えたことでその想いにケリをつけ、次へと踏み出せる。脇坂にも好印象を持つだろう。
「それなら、俺も助かる」
「どういう事ですか?」
は弥一に問う。
「実を言うと、俺の心残りはあの屋敷の庭なんだ」
「庭?」
「あぁ。初めて一人で全部手入れした庭なんだ。でもただ一つ、椿の枝を切るかどうか迷った。そこに一輪花が咲けば、きっと見栄えが良くて人目も引く。でも、咲かなかったら葉だけで悪目立ちしちまう。それを確かめたいんだ…」
薬売りは、その話を聞いて口角を上げた。
「素直に成仏してくれるってぇ言うなら、手を、貸しますよ」
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なんか凄く短いです。
すみません…
2015/6/28